設立の背景

エネルギーシステム脱炭素化への挑戦

 東京大学では、社会的・国際的な連携を強化して多様な人々が能力を発揮しうる研究・教育環境の構築を目指しています。また、SDGsの達成と経済成長の両立に向けて、大学が社会変化の起点となるべきであると考えています。なかでも、SDGsに謳われた複数の目標を同時に達成するためには、持続可能なエネルギーを万人に届けることは極めて重要です。
 2016年5月の閣議決定「地球温暖化対策計画」では、2030年の温室効果ガス(GHG) 排出削減量26%(2013年基準)の必達目標に加え、2050年長期目標としてGHG排出80%削減を目指すことが示されました。この2050年長期目標への対応策としては、徹底した省エネに加え、太陽光発電や風力発電をはじめとした再生可能エネルギー(再エネ)の大量導入、発電をはじめとするエネルギー源のCO2フリー化を進めることが必要です。
 2018年7月に策定された第5次エネルギー基本計画では、「脱炭素化技術の全ての選択肢を維持し、その開発に官民協調で臨み、脱炭素化への挑戦を主導する。エネルギー転換と脱炭素化への挑戦。これを2050年のエネルギー選択の基本とする。」と謳われています。
 そのための取り組みとして、世界に先駆けて水素社会を実現するために「水素基本戦略」が発表され、日本のエネルギー供給をCO2フリー化するための水素の利用拡大、一次エネルギー生産地からの運搬に必要な水素キャリア技術開発の方向性が提示されました。

再生可能水素を海外から調達

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 水素基本戦略において、CO2フリー水素としては、海外でのCO2地中貯留を伴う化石資源から製造される水素と、再エネ由来の水素が想定されています。しかし、地球にとって真に持続可能なエネルギーサイクルを構築するための大規模な再エネによる水素製造については、未だ十分な展望が開けていません。日本国内における再エネ導入ポテンシャルの制約(日照時間、設置可能面積、電力系統、産業集積・人口分布等による大規模消費地の偏在など)を考慮すると、海外で大量かつ安価に入手可能な太陽光・風力等の再エネにより水素を製造し日本に輸入する、「再生可能燃料のグローバルネットワーク」の構築が必須です。
 すでにオーストラリアでは政府および有力企業が石炭火力からの脱皮や産業構造の転換を標榜し、再生可能燃料を海外輸出するためのプロジェクトが始動しています。このような世界の動きと同期して、水素関連技術の先進国たる日本が海外からの再生可能水素輸入に向けた産学官連携の取り組みを進めることは時宜を得たものと考えます。オーストラリアをはじめとする再エネ資源に恵まれた海外適地において、大規模な再エネ水素製造のコスト低減技術、再生可能燃料の導入シナリオや、水素等を利用したエネルギーマネジメント技術の導入拡大に関する調査研究を進めると同時に、将来の再生可能燃料輸出国との良好な関係を構築する必要があります。



本社会連携研究部門の目標と活動内容

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 水素基本戦略が目指す2050年における水素利用量1000万トン/年の大半を再エネ由来の再生可能水素にすることが、我々の究極のターゲットです。この大量の水素を再エネ電力と水の電気分解でつくるためには、再エネ発電の設備容量は数百ギガワット級に達します。これは、今までに全世界に導入された太陽光発電の半分以上という膨大な量ですが、海外の再エネ導入適地には、それに適した十分な土地が世界に存在します。一方で、2050年に100ギガワット級の発電および水の電気分解プラントを展開するために必要な技術開発を考えると、2025年頃に海外の再エネ好適地にて10メガワット級のプラント実証を開始することを想定し、早期の調査研究を進める必要性があります。

 現在国内外で進行している(※)キロワット級の太陽光発電による水素製造実証の結果を参照しつつ、太陽光発電をはじめとする大規模な再エネ水素製造プラントの概念設計と技術経済性分析を進めることが、本社会連携研究部門の活動の1つです。また、単なる貨幣価値では評価できない再エネの価値を多面的に考察し、再生可能燃料が社会に受け入れられるための施策や、再生可能燃料を主要なエネルギー源とする社会システム像(シナリオ)を検討します。さらに、将来日本への再エネ燃料輸出拠点となる海外の再エネ導入適地での地域再エネマネジメントの検討や、再生可能燃料の製造ポテンシャルを増強するための制度や政策上の課題抽出を行います。
 東京大学先端科学技術研究センターと参画企業8社、そして海外のアカデミックパートナー・政府を含む国際的産官学連携体制によるオープンイノベーションをすすめ、再生可能燃料をグローバルに調達するための社会システム・基盤技術のプラットフォーム構築を目指した調査研究を展開します。
また、2020年東京オリンピック・パラリンピック、2025年大阪万博など国際イベントを契機として、再エネを燃料化して国際流通させるデモンストレーションを積極的に展開し、市民レベルでの再生可能燃料に対する理解と期待を醸成していきます。

(※) 本研究部門と協力関係にある宮崎大学西岡研究室にて0.4 kWの太陽光発電・水素製造が進行中。同じく協力関係にある豪州クイーンズランド工科大にて、30 kWの太陽光発電に蓄電池と水電気分解装置を接続した水素製造実証が、豪州政府の支援を得て開始されている。