小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第4回 2012年7月19日 環境の改善は消費者次第―環境コストが認識される仕組みを

 環境性能に劣る製品・サービス、あるいは製造段階などで環境負荷の大きい製品・サービスは、環境を利用する費用を支払うことなく、社会に転嫁している。その分、見掛けの値段は安く、かえって消費者に選ばれやすい。こうした弊害を克服する手段の一つとして、前回、環境税の考え方を紹介した。この考えが日本で公に導入されるのはこの10月からである。環境使用料を製品等の製造過程に賦課し、市場選択に介入するのである。

 このようなサプライサイドの取り組みや政策と対称的なものに、デマンドサイドの取り組みがある。具体的には、製造段階や使用段階での環境負荷が小さいよう作り込んだ、それゆえ原価の高い製品やサービスを、そうでない同種製品などと区別し、きちんと高い価格で選択・購入するという行動である。

きれいな電力は、政府が高く買う

 一例を挙げよう。

 前々回述べたように、石炭火力が産み出す電力と太陽光発電が産み出す電力とを比較すると、電力として持つエネルギーは同一であるが、社会に転嫁する費用は全く異なっている。太陽光発電では、発電段階でCO2を出して環境を壊すことはない。この二つが価格の観点でのみ市場で競争すれば、環境費用を払わずにすむ石炭火力が勝って消費者を獲得し、世の中にはCO2が増えてしまう。喩え話で恐縮だが、日本蕎麦と中華ソバをカロリー当たりの値段でのみ比較し、他の栄養素や肝心の味を無視するようなものである。

 そこで、大きな消費者として見ることのできる政府では、価格だけで購入電力を選ぶことのない仕組みを既に導入している。価格に加え、電力の炭素密度なども考慮するのである。

 電力の販売・購入は、既に大口では自由化されているが、日本の排出量の計算の仕組みでは、安いがCO2を多量に出す石炭火力からの電力を購入すると、その購入者のCO2排出量は、その分増加する計算になる。個々の事業者の排出量を算定し、公表する制度は設けられている。しかし次のステップ、すなわち、排出量の上限量の規制は、欧州とは異なり、行われていない。そこで、普通の事業者は、排出量の増加という不名誉を世間に知られることさえ厭わなければ、安い石炭火力の電力を購入しようという気持ちになってしまうかもしれない。ところが、政府の場合はそうはいかない。政府全体でのCO2排出量の削減目標を閣議決定しており、その達成が政府の義務となっているからである。この目標排出量の下で、仮に排出係数(1kWhの電力を作るために発電所で出されるCO2の量をいう)が大きな電力を購入してしまうと、それに伴うCO2増加分を相殺するべく、政府は、例えば省エネなどをしなければならなくなる。ところで、1単位当たりのCO2を削減する費用は、省エネによって実現する場合よりも、排出係数が低くそれゆえ高価格の電力を買った場合の方が安い。したがって、安い石炭火力電力の購入は、かえって、政府の支出を増やし、国民の税金を無駄遣いすることになってしまうのである。

 このような事態に賢明に対処するため、2007年に、「環境配慮契約法」と略称される法律が議員立法で制定された。政府が、律儀に会計法を遵守して、目先の安物を買いCO2排出量を増やしてしまったり、環境費用を無視する事業者が業績を伸ばしていくことに手を貸してしまったり、といったことがないよう、新たな取り組みに根拠が与えられることとなった。

 実は、環境配慮契約法は筆者が環境省の官房長として契約や入札を担当していた時、漫然と安い価格の製品やサービスを選ぶと環境負荷を増やしてしまいかねないことに危機感を抱き、国会議員の方々と一緒になって制定を目指したもので、思い入れがある。今日の眼で見ると、単に公共調達の改革という範囲を超え、経済社会の改革という意義をも担った法律だと、強く感じている。

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環境配慮契約法が再エネ、省エネ事業者の活路に

この法律では、政府諸機関や独立行政法人に対し、電力購入の入札に当たって落札者を決める仕組みに関し、入札参加資格でCO2排出係数や再生可能エネルギーの購入状況などを考慮した点数制を設け、一定の点数以下は入札に参加できなくしている。汚い電力をそもそも買わないで済む制度だ。

電力だけではなく、初期費用の高い低燃費の自動車、環境性能が優れている必要がある公的建築物の設計などにおいても、単純な価格入札では、政府のCO2排出量を増やしてしまう結果になるおそれがあるので、この法律により、環境性能を加えた総合評価やプロポーザル方式による相手先選定の仕組みが導入された。さらに契約相手先の選定や価格づけをこれまでに比べ環境本位に改善しただけでなく、契約期間(債務負担行為の期限)の長期化も認める仕組みも設けた。官庁の既存建物について省エネ改修専門の事業者(ESCO事業者)によって省エネ改修を行ってもらう場合、長期間にわたり当該事業者の収益を確保できるようにすることにより、大きな投資を要する効果の高い省エネ改修が行われることになるからである。

施行実績を見てみよう。

電力では、全政府関係機関が契約した電力量(購入先の選択の余地のないものを除く)は、統計が公表されている直近年である2010年度で約62億kWhに達するところ、その約86%が、この法律の定めにより、CO2排出係数を考慮に入れて契約された。

官庁建築物の設計も、単に、設計報酬の低額な建築家を選んだのでは、環境性能に優れた設計が行われる保証はない。2010度に発注された新築官庁建築物197件のうち、125件(全体の約64%)が、設計価格入札でなく、プロポーザル方式で建築設計の発注先が決定された。

デマンドサイドから世の中を変えよう

製品やサービスの持つ環境性能(あるいはサプライチェーンを通じたライフサイクルの環境負荷の大小)は、価格と同様に、製品のスペックの必須の一部。言い換えれば、経済的な効用が同様であっても、環境へ与える負荷が大きな製品と小さな製品は、別の物、ということである。

その違いを見分け、良い物に相応の高い値段を払う消費者が育つのは大いに結構なことだと思う。我が国の繊細な料理、作り込みのよい日常製品、衣服、家電、そしてハイテク機器(例えば、ガラパゴス的進化と揶揄された多用途高機能の情報機器)から、最近は海外にまで販路を広げている漫画なども、サプライヤーだけの努力でできたものではない。舌が肥え、目が効き、違いの分かる消費者こそが育ててきたものである。

環境資源を節約する、という価値は、確かに、物理的には自分だけで独占的に享受できるものでない。これは、おいしい食べ物などの利己的動機のみによっても支持し、育てられる物と違っている点である。しかし、環境がよくなればその利益は自分や自分の子孫に確実に回ってくる。環境費用を払わない輩が居るならば、自分もそういう輩の一員になるのではなく、むしろ自分こそ積極的に環境保全に配慮しなければならないといけないと思うのが道理ではないだろうか。

このような目で見ると、エコポイント、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度(FIT)、小売り電力の需要に大胆に応じた価格付けなど、デマンドサイドの力を活かそうという取り組みが増えてきた。本コラムでは、今回の環境配慮契約を手始めに、こうした実地の取り組みに引き続き注意を払っていきたい。

(2012年7月19日)