小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第5回 2012年8月23日 エコ(環境)でもエコ(経済)でもヒット―「エコポイント政策」

 環境に悪い物は安くとも、環境に良い物が安いはずはない。

 そうとなれば、環境に良いが高い価格の財・サービスを、敢えて購入する消費者パワーを強めることも一つの政策となり得る。こうした考えで進められた政策の典型例が家電エコポイント制度である。

 論者は、この予算案が最初に国会審議に掛けられた時の環境省の担当局長。予算案編成前には業界各社との交渉をし、いざ予算案が国会に提出された際には、政権交代前の、政局がらみの予算委員会、それもテレビ入りの締めくくり総括の時に答弁をさせていただいたりして、とても思い出深く、また思い入れのあった政策である。政権交代後も生き残り、むしろ拡充されたことにも政治のそれなりの成熟を感じたものであった。

 この制度は、今から3年前、2009年の5月15日から始まった。2010年度一杯(つまり11年3月末日まで)に購入した省エネ家電がポイント付与の対象となったが、家電購入者が入手したポイントの商品などへの交換は、今から5カ月前の2011年度末で終了した。過去の政策になったので、本コラムの俎上に乗せて、その功罪を振り返ってみよう。

一粒で二度おいしい仕組み
 
 まずは、政府の支出面である。09年度の1次補正、2次補正、そして10年度の予備費と補正予算の合計約6930億円が投じられた。制度の運営費などを除いた約6400億円分がポイントになり、この時期に販売された約4600万台の省エネ家電に対してポイントが請求され、付与された。1台当たりの単純平均では1万4000円弱の補助が付いたと思えば分かりやすい。

 消費者は、このポイントを好感して、省エネ性能の高い家電製品を積極的に購入した。金銭換算したポイントの価値よりも、場合によっては、購入製品と省エネ性能の劣る廉価製品との価格差が大きかったかもしれないが、消費者は、敢えてポイント対象の家電を積極的に購入してくれた。

 ところで、単なる補助金と、ポイントとの違いには大きいものがある。補助金の場合は、消費者は使わないで済んだお金を預金口座に置いたままにしてしまう可能性がある。他方で、ポイントの場合は、退蔵しても何の価値もなく、使わないと意味が出ないのである。すなわち、現金値引きの場合は、家電購入が増え、生産が増えて、誘発効果があろうが、消費自体は一回ぽっきりである。他方、ポイントでは、その使用に伴ってさらに市場を刺激することが期待できる。ポイント交換対象商品には、商品券のような金銭類似の物も含まれていたが、商品券は現金でなく、貯金もできず、いわば消費の予約券であって、いつか市場に購買力として登場してくる。さらに、環境保全などの効果を高めるために、ポイント交換可能な商品としては、地域産品に限った商品券、環境にやさしい大量公共交通機関のプリペイドカードなど、環境保全型の商品を並べていた。もちろん、汎用性の高い一般商品券へも交換可能であったが、この場合には、一定金額が環境保全団体などへの寄付に回る仕組みとなっていた。

 このように、エコポイントでは、環境に良いことをしている実感を消費者は得ることができ、他方で、経済的な誘発効果も単なる補助金よりも優れている。

 ちなみに、エコポイントという言葉、そして、その原型的な発想は、元経産官僚で環境エコノミストの加藤敏春氏の慧眼によるものである。商標登録されていたが、政府は、この言葉を無償で使わせていただいた。論者も、加藤氏とは別個に、環境ベルマークなるものを提案させていただいた(2003年)ことがある。これは、省エネ性能に優れた家電製品に添付された点数を集めて、確定申告時に税額控除できる仕組みであったが、経済的な誘発効果は、ポイント制に劣ることは明らかだ。

非常に高い環境政策上の効果
 
 ポイント付けの対象となったのは、当初は4つ星、11年夏以降は5つ星の省エネランクを達成したエアコン、冷蔵庫、テレビに限られた。この星マークは、統一省エネマークと言われるもので、将来に置かれた目標年度の省エネ性能に比較して省エネの程度を評価する仕組みのものである。4つ星、5つ星となると、前倒し達成や、深堀(計画以上)の達成の優れた性能を有する。

 どの程度の性能改善かを見てみよう。エコポイントが実施されていた10~11年度にエコポイント対象の家電製品の年間消費電力(販売実績に基づく大きさなどに応じた加重平均値)を、10年以上前の同種製品と比べると、エアコンで約20%、テレビで約30%、冷蔵庫に至っては50%以上も節電になっていた。普及率としてはもはやサチュレーションしている商品群ではあるが、最新型に買い替えて貰えると、マクロの環境保全効果には極めて大きなものが期待できた。

 環境省では、この2009年度から10年度に掛けたエコポイント期間に販売された省エネ型家電3品目による節電効果、そして二酸化炭素削減効果を推計した。その結果では年間の二酸化炭素削減量で273万トン-CO2(家庭の排出量にすると約56万世帯の1年間の排出量に匹敵する)となった(このうち約半分が冷蔵庫によるもの)。論者のような環境行政経験者であると、この100万トンオーダーの削減は拝みたくなってしまう。この削減が10年も続くと思うと、ありがたい気持ちになる。

 このほか、前述のような環境寄付もエコポイント制度には付随していたが、約11億円の環境寄付が行われた。このポイント交換期間の最後には東日本大震災があり、この被災地支援の寄付が追加されたが、短い期間であったものの、この寄付額も約1億円となった。なお、環境上の効果と同時に地デジ放送受像機の普及加速化もこの制度の目的の一つであったが、この面でも大きな効果があった。すなわち、11年度末の地デジ対応受像機台数目標の9000万台を2割以上も上方達成する1億1131万台の普及に結びついたのである。

5兆円に及ぶ誘発経済効果

 本コラムは、需要サイドに焦点を当てつつ、グリーンな経済の可能性を探り、そこへの移行を進めようとしているので、良い環境効果が果たして良い経済効果を伴ったのか否かに大いに関心がある。

図



経済産業省の調査によると、平常時に比べたエコポイントによる出荷台数の増は、図のように、約2200万台。この増加に伴う国内販売額は2.5兆円であり、これが直接の経済効果であるが、この2.5兆円の販売増加が誘発した関連産業の生産誘発額は約4兆円と推計され、またエコポイント約6000億円分を使用したことに伴う誘発額は約1兆円と推計された。すなわち、経済波及効果だけでも5兆円となったということである(雇用換算では、32万人/年の誘発投入をもたらしたと推計されている)。

税収投入が約7000億円弱であるから、この直接販売増額と誘発額の合計の1割近くでも中央・地方の政府に還流すれば、政府の経済行為としてだけ見ても元がほぼ取れている、とも言えよう(実際、国内粗生産額に対して中央、地方の税収合計額を単純に対比させた場合の比率は8~9%である)。

そうであれば、これを環境政策として見れば、政府の持ち出しがほぼゼロで、年々270万トン超のCO2を削減するという費用対効果に極めて優れた政策であったとも言える。

このように、エコポイント政策は、良い環境政策でもあり、良い経済政策でもあった。グリーンな経済が、経済として成り立つことを垣間見させてくれた意味でも、重要な政策経験であった。

それでは罪はないのだろうか。

罪と言えば、結果的には、家電に対するグリーンな需要をおよそ丸1年分位の規模で先食いをしてしまったため、その後に反動の家電不況が、特にテレビを中心に来てしまったことを指摘できなくはない。しかし、こうしたことは想定されていたことであり、賢明な経営者は経営計画に織り込んでいたであろう。また、期間限定の不況対策であったので、誘発効果が、景気への本格的な点火剤となることが大事なのであって、継続的な経済政策ではなかった以上、反動売り上げ減を批判しても詮無いことでもある。

論者としては、罪とは、むしろ、エコポイントの経験をしてもなお、通年的な環境経済政策の可能性に目を開かない論客が今なおいることではないだろうか、と思われる。エコポイント政策の経験とは、環境経済政策の全面展開の点火剤となってしかるべきものである。

もうそろそろマインドセットを変えて、環境で儲けようではないか。エコビジネスは禁じ手ではないのである。

(2012年8月23日)