小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第6回 2012年9月25日 お客様こそ神様―賢い需要が世の中を変える

 環境を壊さない形で使うために、相応の費用を掛ける。このことが当たり前に実践されるようになると、世の中に新しい経済が生まれる。そうした実践のいくつかを、私の古巣、北九州市に見た。

 北九州市役所での私の勤務は1985~88年。当地の産業公害がようやく克服され、環境に関する次の一手が検討され始めたばかりの、今からおよそ四半世紀前に、産業廃棄物の不法投棄の取り締まりなどを担当する課長として赴任していた。そこで、現地の方々と一緒になって、地域づくりの柱として環境を据える多様な試みを始めた。それ以来、毎年だいたい一回位は訪問し、環境に重きを置いた発展過程に並走させていただいている。本稿はその並走観察の報告の一つである。

実稼働している北九州・東田のスマートグリッド
 
 今回視察した取り組みの一つは、北九州スマートコミュニティ(同市八幡東区東田地区の約230世帯と50を超える事業所が参加する独立した電力系統<グリッド>)で始められた電力のダイナミックプライシング(需給に応じて価格を変動させる)の実験である。

 このグリッドは、九州電力の系統電力からは全く独立している。基本的には、新日本製鐵の製鉄所内にある天然ガス焚きの工場用蒸気熱源をコージェネ(熱電併給)として、そこで生まれる電力の一部を工場外に供給することによって維持されている。コージェネなので、熱効率は一般の火力発電よりは数10%ポイントも優れていて、それだけでも、省エネであり、したがって低炭素である。

 このグリッドには、太陽光発電、太陽熱利用システム、水素燃料電池、地中熱ヒートポンプなどの再生可能エネルギーなどを生み出す設備が組み込まれているほか、蓄電池なども接続されていて、供給面から再生可能エネルギーの最大活用に向けた実験が行われている。

 需要面でもこのグリッドは大きな特長を有している。例えば、大口の需要家は、BEMS(ビル用のエネルギー管理システム)の下、自家用太陽光発電や蓄電池などを使い、各々の需要家がグリッドに対する需要の管理をしている。

野放図な需要に供給を合わすのではなく、健全な供給に需要を合わす道

 低炭素・省エネな電力源の優先利用やBEMSの活用、という日本の先端を行く優れたシステムに加え、この夏から、さらに先進的な改善を加える動きが始まった。このグリッド全体の需給を、一層大胆に調節するため、電力価格を変動させる実験である。家庭の需要管理や大口需要家の一層の取り組みを、価格メカニズムを通じて促し、取り込むためである。

 もともと、このグリッドにおいても、大口需要家の電力契約には、最大消費電力に応じて逓増的な基本料金の定めなど、通常の系統商用電力と同じような仕組みがあるので、大口需要家は、電力のピークシフトなどには積極的に取り組んでいる。それに加え、電力ひっ迫社会のビジネスモデルづくりが始まったわけだ。節電のための物理的な装置を持たない家庭の需要増も織り込んで、家庭自体も追加的に努力し、大口も蓄電池の活用や需要制御の深掘りを通じてさらに努力や工夫をする。それにより電力不足時に大幅な電力需要削減を図る仕組みの開発を狙ったものである。

 その節電を促すトリガーとなるのが、電力の価格である。天気や気温の予報や平日・休日の別、大口需要家の節電、発電計画に基づく大口電力需要予測などに基づき推定される翌日の電力需要が大きなものになると見込まれると、前日のうちに、翌日のピーク時間帯(13時から17時。大口についてはより細かく設定可能)の電力料金が各需要者に通知されるのである。

 その上げ幅は、家庭では15円/kWhから最高150円/kWhと、価格自体が最大10倍高くなる設定である。事業用でも、1.5倍まで(最大でも5倍まで)の価格変動を設定できることとなっている。

 今年の夏は、北九州は、東・北日本の記録的な暑さ(特に異常残暑)とは異なって、比較的にしのぎやすかったため、必ずしも多数回にわたって高額の電力料金となる事態になったわけではなかった。それでも、高い価格は十分に需要家の取り組みを変え得る、との結果が得られている。

 それは価格を変動させずに単に消費量だけを測っている対照群の家庭があるからである。この対照群の家庭と価格変動の下にある家庭との間の電力消費量は、最高気温が30℃程度である場合に、29℃であった場合に比べて、共に増大はするものの、価格変動の下にあった家庭の電力消費量は、そうでない家庭に比べ、増大幅が8%ポイントから26%ポイント少ない結果になったことが既に発表されている。

 家庭ではどういう方法で、そうした暑いピーク時間帯に節電ができたのであろうか。例えば、その時間帯に、友達の家を順番に集会所のように寄合に使う、お出かけ節電がよく見られた、と聞いた。大口需要家では、照明などの制限を強めるだけではなく、電力が安いうちに蓄電を強力に進め、電力価格が高い時間帯に蓄電池からの電力供給を増やす、といった算段が取られたという。

神の手の降臨 中央指令所の風景と名称に見る文明史的な変化
 
 この実験に見られたとおり、人は、社会的費用が高くなる(それだけではなく、限界的な火力発電所を焚くためピーク時には私的費用も本当は高くなる)ことが分かれば、それを避けるために、賢明な行動が取れるのである。不要不急な行動は止め、どうしてもしなければならないことは、高い費用を負担して行う。それだけのことである。逆に言えば、どんな場合にも低廉なエネルギーを制限なく供給する仕組みは、人を、浪費に誘う、健全でない仕組みということもできよう。エネルギーは、必需品で価格弾力性がない、というのは短期的なマクロに過ぎる見方で、そうした眼鏡を外して見れば、経済にも環境にも共に良いソリューションが見えてくるのである。

図


写真は、東田のスマートグリッドを司る中央指令所の内部である。今までの系統電力の指令所と似たようなものであるが、随分と違うところもある。

その第一は、この指令所の名称が、「地域節電所」となっていることである。健全な供給に見合うよう、節電を促し、需要のコンダクターとしてここが振る舞うからだ。

そして第二に、系統電力の指令所なら、あたかも神の手のごとく麗々しく表示されている周波数が、ここでは見えないことに気付かされた(東田でも表示させることはできると聞いたが、私が居る間にはうまく表示できなかった)。普通の系統電力では、お客様の需要が増減して周波数が減少したり増加したりすると、それを見て、供給源に指令を出す。東田では、周波数ではなく、本来の神の手である価格が、需給を統べていて、節電所は価格を指令する。

新しい文明が生まれつつあることを実感できた。

次回は、北九州でのもう一つの興味深いビジネスモデル、住み手殺到の太陽光発電付きマンションを紹介しよう。

(2012年9月25日)