小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
本サイトからの無断転載を固く禁止いたします。

第9回 2012年12月19日 温暖化防止の国際交渉スタート、巨大需要創出への第一歩

 平成22年版防災白書によると、過去10年間の世界の災害は1970年代に比べて被害額や被災者数で3倍以上に増えている。地球の気候変化や植生の減少などが極端な気象災害を生み、そして人口増と都市への集中が被害を大きくする。これらの要因の結果、被害が甚大化する傾向が生まれていることは間違いあるまい。人口増加はさらに続く。国連の推計では、2050年には今日の3割増の人口を地球は養わないとならないとされている。人口以上に増加のスピードが激しいのが資源などの消費量である。国際エネルギー機関(IEA)の推計では、エネルギー消費量に関して同じく4割増が予測されているのは、人口より15年早い2035年である(図1)。

図



地球が今日よりも汚れ、恵みの乏しいものになっていくことは、残念ながら不可避であろう。戦争の回避、平和の維持などと並び、「地球の管理」がますます重要度の高い課題になっている。このような中、「京都議定書」の次のステップとなる地球環境政策に関する国際交渉が本格化することになった。

ポスト京都、新興国の参加ルールを議論

日本国内は、解散総選挙の政局ムードで、地球に目を向ける余裕を誰もが持っていず、報道も控え目だったが、2012年11月26日から12月8日まで中東カタールのドーハでは、サッカーではなく、地球を守るための将来の国際ルールづくりを巡った外交交渉が行われていた。気候変動枠組み条約の第18回締約国会議(COP18)である。

1997年に京都議定書を採択した同条約の締約国会議は、COP3であったので、もう15年の歳月が流れた。1992年採択の気候変動枠組み条約の下で、それまでは、抽象的なものにとどまっていた温暖化防止の内容を、先進国に関しては具体的な数値目標を伴った削減義務に変えたのが京都議定書であった。加速する地球温暖化の傾向に実効ある歯止めをかけるべく、まずは先進国に先導役を果たすことを促したものだった。この意味で、人類社会は地球温暖化防止の取組みに、既に2つの時代を経験している。

ドーハのCOP18は、次の第3ステップ、先進国はもとより、新興国を含め、世界の各国に応分の具体的な義務を求める新しい段階に向けた外交交渉の作業計画を決めた。2014年には将来決めるべき国際ルールの下書き文書(交渉テキスト)の項目を決め、2015年には交渉の対象となる文書をまとめる、とのスケジュールが決まった。交渉の出口については、既に昨年の南アフリカ、ダーバンにおけるCOP17の決定により、2020年から新国際ルールの下で世界の新しい対策が始まることとなっている。

図


これまでは世界のCO2排出量ベースで見ればせいぜい2割強、3割弱しかカバーしていなかった京都議定書に替えて、100%カバーに近い国際ルールが、2020年には実行に移されることになる。

風力発電や太陽光発電、そして、エネルギー需給のスマート化は、一歩先を行った欧米で既に経済上の大きな話題になっているが、もうしばらくすれば、世界を覆う重要案件になってくるという訳である。

温暖化防止対策は世界のGDP1%ビジネス

経済的なインパクトはどの位であろうか。

地球の温暖化を防ぐための省エネ技術、そして非化石燃料を使う、再生可能エネルギー利用技術は今後のエコビジネスの勝ち馬の典型であるが、こうしたものを含め、各種のエコビジネスの市場規模は、2020年には世界全体で、およそ3兆ドル近くになると推計されている〈(国連環境計画(UNEP)など〉。

英国のニコラス・スターン卿が取りまとめた、地球温暖化対策はコストではなく便益の方が大きいとした「スターンレポート」では、世界が地球温暖化の進行を止めるために支払う費用は、推計に幅があるものの平均的にはGDPの1%程度という。現在の世界の名目GDPはおよそ70兆ドルであるので、この推計では、地球温暖化対策がらみの市場規模は、現在では年間0.7兆ドル、その後、経済成長率以上に伸びていくと思われる。国内の推計でも、環境関連ビジネスは既に70兆円弱あり、さらに50兆円程度の上積みが可能であろうと言われている(政府の新成長戦略などによる)。このように地球温暖化関連を中心にした内外のエコ市場は、まとまった大きさになる。

日本は低燃費のバイブリッド車や実用化された電気自動車を始め、このエコ市場で売れる様々な製品や技術を擁している。東日本大震災を経験して、国民は環境や安全に強い需要を有しており、好機到来だ。

しかし、産業界の主流は、2012年10月から始まった地球温暖化対策税制(化石燃料に課税する環境税)に反対するだけで、環境問題を他人事視し続けているようにみえる。その負担増の面だけを見て、利益を享受するビジネス機会ととらえてコミットすることを避けているように感じるのは筆者のうがった見方であろうか。

確実に成長が見込める市場、それも相当なボリュームの市場の誕生を理解できない(あるいは理解しない)のは、現状維持を最優先にし、企業家の進取の気性を失う「サラリーマン化」が進行してしまったからか?地球環境の危機を見ぬふりで済まそうと思う理性や知性しか持ち合わせていないのか?そのどちらか、あるいはその両方なのかもしれない。

日本の産業界が進取の精神を失おうが関係なく、先に紹介したようなスケジュールで、国際社会はルールづくりを始める。欧米と新興国の間では、世界の経済秩序の設計、世界経営も睨んだ熱い戦いが続こう。日本が対応できなくても、あるいはいなくても、世界は先に進んでいく。京都議定書の京都メカニズム(温暖化ガスの排出量取引など)の例を見ても、今や環境対策は経済とは切り離せなくなっている。2020年からの国際ルールは、京都議定書以上に経済的な意義を持とう。

そうした経済的な利害、場合によっては危険を孕むかもしれない重要な国際ルールづくりを、自説に従ってブロックする実力は、もはや日本の産業界にはない。京都議定書の第二約束期間における国際法上の排出枠から逃れた日本政府には、国際世論の道義に訴える訴求力もなくなっている。内弁慶のまま、井の中の蛙のまま、指をくわえているのが、今の日本である。

他に有力なビジネスの当てがあるわけでもないのに、折角の巨大需要に棹差せないのは残念至極である。環境を種に世界を経営しようという豪の者が現れるのを期待したい。

(2012年12月19日)