小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第10回 2013年1月24日 1000億ドルのエコ・ビジネスの機会を逃がすな―環境支援資金、国際ルール作りを主導しよう

世界中で「強靭化」が課題に――途上国ではすでに被害

 東日本大震災の結果、北米プレートに乗る本州・東北地方は、東方向に移動し、海面に比べて沈下した。見掛け上、大震災前に比べると潮位が1m程度高くなったのと同じである。これは地球温暖化が進んだ結果起こる可能性が高い海面上昇を先取り的に私たちに見せている。この事態に適応するため、市街地の用途を高潮予想に応じて区分して整備するなど、新しい発想、つまり自然征服型でなく自然順応型のまちづくりが始まっている。

 この地震によって大規模集中的なエネルギー供給システムの脆弱さも思い知らされた。このため電力の送配電網を運営する会社と発電会社の分離、送配電網の容量を上げたり冗長性を確保したりすることが進められている。独立した送配電会社間の連携線の強化などにも乗り出すことになった。温暖化対策あるいはエネルギー安全保障のためにも有用な分散立地の再生可能エネルギー開発・活用に対し、良い影響を与えるものである。

 日本は20年以上にも及ぶデフレ不況から脱却するとの目的も併せ持たせて、1月上旬に決めた2012年度補正予算では事業費ベースで5.5兆円という規模で、国土の強靭化への取り組みが始められようとしている。

 世界に目を転じると、自然災害の件数、被害者数、被害額は趨勢的に増加している。「平成22年版防災白書」によれば、1970年代と比較して最近の10年間では、世界の自然災害件数や被害者数が3倍になっているという。日本にとっては、タイの工業団地を襲った洪水が記憶に新しい。背景には温暖化を通じて時間当たりの降雨量が増えるなど、地球環境の悪化に伴う災害自体のおそれの高まりに加え、人口の増加や都市集中によって被害を受ける側の脆弱性も高まっていることがある。温暖化の加速や一層の人口増を考えると、途上国における国土の強靭化や被害地域の再生、回復が大きな課題となってこよう。

 大変残念なことだが、地球は壊れ始め、人類にとっては住みにくさが増しつつある。

美しい星と成長の両立へ――世界規模の新資金メカニズムの検討が始動

 アリジェリアで起きたイスラム過激派のテロリストによる製油所襲撃・人質事件は、世界に大きな衝撃を与えた。直接には思想対立が原因ではあるが、開発の利益が庶民にまで均霑(きんてん)されていない歪みがテロの温床となっている面も否めない。

 1992年にブラジル・リオ・デ・ジャネイロで開かれた地球サミットの20周年を記念して、昨年リオで開かれた「リオ+20」の会議では、「Future We Want(我々の求める未来)」という文書をまとめた。この20年間の世界の努力と成果を、総体として評価し、今後の課題を示したものである。この文書は、持続可能な開発というスローガンの意義や求心力は評価するが、経済面では環境を守りながら成長ということでは余り成果が見られず、全体としては不均等な進歩であるとしている(同文書のパラ19)。開発は相変わらず環境を壊して得る利益を求めて行われ、環境を手入れすることで得られる利益をモーターとした経済発展は、現実化していない。そうした反省の下で持続可能な開発を、もう一度本腰を入れて立て直す動きが国際的には進んでいる。

 一つの図にしてみれば、下図のとおりである。

図


2000年時点で決められた「ミレニアム開発目標(MDGs、環境保全だけでなく、貧困の撲滅や初等教育の完全普及など途上国の持続可能な開発を掲げた国連の目標)」は、ほとんど達成されないままに期限切れを迎える。しかし国連は「ポスト・MDGs」を定める「持続可能な開発目標(SDGs)」の検討開始を決定、その実現を後押しするため新たな資金メカニズムの検討も進める、との方針も決めた。

さらに、地球温暖化は想定よりも速く進んでいるので、2020年の全世界が参加する温暖化対策の新たな枠組みの発効と併行して、例えば、①被害が起きてきた国や地域への特別の支援を行うこと(図中、ロス&ダメージとある部分)、②途上国が温暖化対策を実施する際に支援を行う基金(緑の気候基金)を醸成し、運用すること、③途上国における森林保全への支援を行うこと(図中、REDD+と書かれている部分)、④さらに先進国全体としては官民合わせて合計1000億ドル(10兆円弱)規模の温暖化対策資金を毎年途上国に移転して使うこと――などが気候変動枠組条約(温暖化防止条約)の下で既に合意されている。

国内の強靭化と世界の強靭化とで、少なく見ても年々10数兆円の資金が使われることになる。「美しい星」を守りながら成長機会を見いだすため、大規模な環境ビジネスの需要が、新たに生まれることがはっきりしているのである。

環境ビジネスに底力――官民でチャンスを直視しよう

日本国内を見ると、省エネでも、再生エネルギー利用でも、欧米に後れを取ってしまった感は否めない。それでも日本のエコ技術には底力が残っている。

一例を挙げよう。再生エネルギーのエース格の風力発電についてである。

東大で洋上浮体風力発電に精力的に取り組んでいる石原孟教授にお話を聞く機会があった。石原教授の2008年のデータでは、風力発電機の発電機本体の世界市場シェアでは日本は35%を占め、主軸受けに至っては50%であるという。このため風力発電に関して、年間売上約3000億円、雇用規模約5000人の商売が既に国内に生まれているとのことであった。これから洋上風力が盛んになると、(洋上風力は修理が困難であるため)壊れにくい日本の風車がますます有利になる、との御託宣もいただいた。

このような日本の技術上の競争力を維持・向上するためにも、「過酷な外洋的な海洋環境での浮体風力発電技術への挑戦は必要だ」ということである。事実、福島沖で、2MW、そして7MW級の浮体式風力発電に世界で初めてチャレンジすることを決めたら、欧州も米国も、さっそく追従し、外洋浮体発電に挑戦を始めることを決めたとのことである。

東北の復興が、そして、日本経済の再生が、世界のグリーンな経済発展につながっている。こうした手応え感の中で、我々は、もっと知恵を出して、例えば、先ほどの温暖化対策への毎年1000億ドル規模の国際的な官民資金の途上国への移転策などのシステム作りを日本発で提案・構築する必要がある。

環境への喰わず嫌い、偏見は、日本の命取りになる。

(2013年1月24日)