小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第11回 2013年3月4日 エコで途上国の都市作りに応える―東急電鉄の挑戦

 前回までの本コラムでは、環境分野で新たな大規模な途上国支援メカニズムの準備が始まったことを報告し、これへの関心を持つよう呼びかけた。すなわち、省エネや再生可能エネルギー活用、森林吸収源の保全、防災といった温暖化への適応策などの幅広い温暖化対策を途上国で進めることを支援するため、ポスト京都の世界的対策枠組みが発効する2020年を待たず、先進国からの官民資金を年々1000億ドル供与する、というメカニズムの設計作業が始まっている。

新しい途上国支援メカニズム――顕微鏡視点から「広角カメラ」へ変革

 このメカニズムでいう1000億ドルの範囲には、いろいろなものが入ってこよう。これまでのように地球環境を純粋に改善した部分に着目した、いわば顕微鏡的な対応ではないはずである。論者としては、環境に役立つ事業や施策を幅広くファイナンスする広角カメラのようなものになるのではないかと想像するし、そうあってしかるべきだとも思う。

 そのように想像するのは、昨年6月にリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミット20周年の「リオ+20」の会議で採択された「The Future We Want(我々の求める未来)」が、環境と経済の関係改善にこの20年の国際努力が成功していない、として大きく警鐘を鳴らしているからである。この文書のパラグラフ19は、1992年に開かれた地球サミット以来20年間の取り組みによって、持続可能な開発と貧困撲滅との間で不均等な進歩が生じていると指摘する。今後は経済成長の中で、持続可能な開発の機会を世界が掴み、先進国と途上国との差を縮めることが必要であるという。

 これまでの環境分野の途上国支援は、実際の事業の中から地球環境保全に役立つ部分を選り出して、その部分の地球環境改善効果の大小に応じて、無償の資金供与をする世界銀行の地球環境ファシリティ(GEF)、あるいは国際的に売買可能なクレジットを生成できる京都議定書のクリーン開発メカニズム(CDM)の仕組みが主流であった。論者には、このような顕微鏡的な仕組みが反省されつつあるように思われる。「我々の求める未来」では、さらにパラグラフ20で、逆行現象が見られるとして、世界中で打ち続く財政・経済危機、食料危機、エネルギー危機によって、本来進めるべき経済・社会・環境の統合がむしろ退歩していると危機感を訴える。

 これを正面から受け止めれば、今後、環境と経済の両立に必要なものは、経済・社会・環境の統合的な事業を丸ごとファイナンスできる仕組みではないかと思う。これまでのように無償政府資金を核としたものではなく、有利子の民間資金なども含む複合的な仕掛けとなるのであろう。

 我が国は、先進国ではドイツや英国を凌ぎ、米国に次ぐ第二のCO2排出国である。この新たな途上国環境対策支援メカニズムに巨額の支出を求められよう。そうであれば、このメカニズムが地球環境の改善に役割を果たし、日本国民に利益をもたらすことはもちろん、ビジネスチャンスにも貢献するものであって欲しいと考える。後者の視点で官民がどのように協力し、途上国における経済・社会・環境の統合的な改善事業に参画できるのであろうか。

ベトナム・ビンズン新都市開発、東急電鉄が参画――まちづくりのノウハウで輸出

 資金のみならず、日本の専門性や経験、ノウハウを活かし、国内を空洞化させることなくビジネスを受け入れ国で展開、世界の環境を改善し得る事業の一例として、東急電鉄が進めているベトナムへのまちづくりのパッケージ輸出の事例を紹介する。

 この事業は、ホーチミン市北方30キロ圏程度にあり、ホーチミンからバンコクに向けたメコン回廊沿いにあって、周辺への工業集積の著しいビンズン省の新省都(2013年に省都となり、2020年にはベトナム中央政府直轄市入りを目指す)及びその周辺の開発整備に関する事業である。東急電鉄は、ビンズン省の100%出資会社として営利事業を幅広く営むベカメックス社との合弁会社(ベカメックス東急)を作った。ベカメックス社は、かねてより、この新省都予定の街区約1000ヘクタール(ha)の開発などを行ってきている。ベカメックス東急はこのうち約100haの街区面積を対象として、高層マンションや商業施設からなる「ゲートシティ」、戸建住宅やタウンハウスなど良質な住環境を提供する「ガーデンシティ」、新市街の中心的な業務地区となる「コアシティ」の3つのエリアの街づくりを順次進めていく。昨年11月にはゲートシティにおける最初のマンションプロジェクトの建設工事に着手した。コアシティでは行政センターなどの造成が進んでいる。

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現在、ベトナムではバイクが主な移動手段になっているが、慢性的な交通渋滞をもたらし大気汚染への影響などが懸念されている。東急電鉄は、この課題認識のもと新市街だけでなく、新市街と「トゥヤモット」と言われる旧市街との間の公共交通整備に関してもバスによる輸送の検討を開始した。さらに同社は、BRT(バス・ラピッド・トランジット。バス専用線などによる高速定時輸送)などのバス輸送システムでホーチミン市とビンズン新都市を結ぶ構想も有しているという。

東急電鉄が多摩地区などで事業化した、交通機関と街区開発との一体的整備、すなわちTOD(トランスポート・オリエンティッド・ディベロップメント)の経験を活かす形でベトナムの国づくり、特に自動車依存型でない開発の具体化に役割を果たしている。

ベトナムのビンズン省の幹部は、東急電鉄の事業視察に訪れ、鉄道が生んでいる豊かでゆとりのあるライフスタイルにいたく心惹かれた由である。その際、ベトナム側からは「どうやって鉄道を引くのか、運営するのか」という質問がたびたび寄せられたとのことである。そうした問いに対し「不動産事業で沿線価値を高め、交通やICT(情報通信技術)、教育、医療などその他のまちづくり事業の収益基礎を作る。さらに諸事業を協調的に展開し、価値の一層の増殖を図るプロセスが重要である」と答えている。しかし、ベトナムの所得向上、自動車化は急速である。2020年のASEAN内関税撤廃時には工業国入りを目指すのが、ベトナムの方針であるので、東急電鉄としても、このプロセスの精一杯の加速化を図りたいとしている。

現地の視座で環境配慮都市開発――途上国の能力レベル、見極めも不可欠

途上国での新市街開発事業への日本企業の参画は、このように低環境負荷型の都市インフラ整備に結び付きつつある。これは年間1000億ドルもの途上国間環境対策支援が行われるようになった場合の一つの可能性を示している。ただ資金や経験、専門的な知識を提供するといっても、簡単ではない。

東急電鉄の担当者は「有効な発想は、日本モデルをいかに簡易化し、安値化して移植するというものではない」と話す。「現地の発想に、いかに日本の良い点を付け加えるかという現地視点の発想が有効である」という。この付け加えるものの選択眼が大事であり、現地がどこまでついて来られるかを見極める目利きも重要である由であった。途上国におけるエコな需要の形成手法といったことを私たちは学ばなければならないように思われる。その中で、もう一歩良い、戦略的に大事な物(ビジネス上も重要な物)に手が届くように、政府の支援があったら良い、というのが、同社の感想であった。新街区の整備となれば、水道水質の保証といった、東急電鉄一社ではとても担えない仕事も生じるので、いわばオールジャパンの官民の支援体制、参加体制も欲しい、とのことである。

途上国温暖化対策支援1000億ドル時代に向け、途上国でのエコ需要の形成・顕在化の仕掛けづくり、そして需要に見合う供給体制づくりを早く始めたいものである。

(2013年3月4日)