小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
本サイトからの無断転載を固く禁止いたします。

第12回 2013年3月21日 エコの目利きになろう。

 最近の話題で和めるものの一つは、フランシスコ・ローマ法王の就任ではないか。朴訥の庶民派と報道されているが、環境分野で働いている人々にとっては、アッシジの聖フランチェスコは、言わば自然保護の守護聖人であり、動物などと会話した逸話が残されていて、特に親しみ深く感じる名前である。その名を採用した直接の動機は、新法王自身の考えでは、貧困層と寄り添うことを通じてキリスト教の原点回復を目指すことにあったようだ。

 環境分野で働いている我々にとって、国際社会が、改めて貧困撲滅を目指すミレニアム開発目標の改訂、あるいは地球環境との和解を目指す、持続可能な開発目標の設定に動き始めたこととシンクロナイズされているように思われ、一層の親近感を感じる次第である。

 今一度幸せを考え直し、地球の自然との位置関係も見直す。宗教界だけではない。おそらくは、これが時代の空気なのであろう。世俗な私流に言い直すと、環境を壊して得る利益で成り立つ経済から、環境に手入れをして利益を出す経済への転換が求められているということになる。

 「そんなことできるのか?」と思われる方も多いだろうが、人類は大昔にそうした大転換を経験した。それは狩猟採集文明から、農耕文明への転換である。「種子があるなら撒かずに食べてしまえ」では農耕文明はなかった。工業文明も、地球から資源を取ってゴミを捨てる、単線運転から脱却し、私たちの家である地球を修繕しながら使う道をそろそろ覚えるべきであろう。

 このままでは、ノルウェーでのレミング(タビネズミ)の道(大繁殖後に絶滅の危機に瀕している)が待っていよう。転換を果たせなければ、人類の存続自体が危ぶまれる。

 こうした大転換をどう進めるか、という問題意識に立って書いているが、筆者の立場は、環境に良いものを安く売る、というだけで転換ができるわけでなく、環境に良いものを高く買う、という需要側の力を得ることが不可欠だ、というものである(なので「エコ買いな」となる)。

 どうしたら、高く買えるのか?

 それは、違いが分かるからである。今、時代を変える確かな方法は、「エコ目利き」を産み出すことである、と思っている。

適用二年目に入った日本版「環境金融原則」

 エコな目利きは、もちろん、供給サイドにも需要サイドにも広く居て欲しい。しかし、戦略的に重要なのは、資金の需給を仲介する金融部門が「エコ目利き」になることではなかろうか。日本において資金の最終的な出し手である国民は、まだまだ消費者に留まっている。自分の金融資産でどのような世の中を作っていくか、というセンスで資金運用していない。特に老後の不安も大きいので、流動性の高い形で保有すべく銀行に預けているだけというケースが一般的である。資金を預けられた銀行での資金運用がどのように世の中と関わっていくのかが、死活的に重要になってくる。

 日本の持つこうした特殊性にも配慮しながら、「日本版環境金融原則」(正確な名称は、「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」)が、広汎な形態の金融業界の専門家がこぞって参加する中で自主的にまとめられたのが、2011年10月である。この原則には、「…持続可能な社会の形成に寄与する産業の発展と競争力の向上に資する金融商品・サービスを開発・提供」することがはっきりと謳い込まれている。

 13年3月現在では、185の金融機関や金融団体が署名してこれにコミットしている。3月13日に署名団体が参加する第二回年次総会が開かれた。署名組織の互選によってグッドプラクティスの選定も行われた。その中には、エコ目利きの発露たる事例もいくつか含まれていた。

 その一つは、日本政策投資銀行が進める評価認証型融資である。いろいろなタイプがあるが、要すれば、企業が熱心に環境経営に努めていると評価できる場合は、金利などを優遇した与信を行うような形のものである。環境分野では既に10年近い歴史があって、累計5560億円の融資が実行されている(図)。環境は、普通に見れば成長制約要因となるが、政投銀では、環境に正面から取り組むことでリスクが減り、成長につなげることもできると踏んで、非財務情報を積極的に可視化し、優れた与信を行っている。

図


同様の事例は、今回選定のグッドプラクティスではないが、東京のローカルな金融機関である西武信金によっても行われている。同金庫では、「環境に取り組む企業には貸し倒れリスクも少ない」と喝破して、融資先の環境取組みへの支援すら行っている。仮に、両機関の言うとおりであれば、環境に配慮した与信は、環境に配慮した企業を有利にすることになり、ウィン-ウィンの発展を生む仕組みとなっていこう。

今年のグッドプラクティスの中で、大和証券グループが展開するインパクト・インベストメントも、金融機関がエコな目利き機能を発揮するビジネスモデルである。

例えば、コロンビアのエネルギー効率の良い公共交通機関整備事業などに融資するための世銀債券を、日本の投資家も購入できるようにした、グリーン世銀債。同じくアジア開銀が安全な水供給を支援するためにアジア諸国に融資する原資となるウオーターボンドなどが対象である。グリーン世銀債自体の歴史も08年からと浅いが、そうした中で、10年からは、日本でも発売されるようになった(この時は約100億円、ニュージーランド・ドル建て)。

このように「エコ商品やサービスを供給したいが、その資金が欲しい」という需要と、国民の資金供給とをうまく組み合わせることができれば、エコは儲からないという先入観を大きく変えることができる。「エコに取り組めば、与信がよくなる、したがって、儲かりやすい」という好循環が生まれると期待できる。土地担保、個人保証などに依存した金融では、日本の未来はない。金融機関が環境に関して優れた資金需要を選別し育てる、というエコな目利き機能を発揮することが技術立国日本の再生の鍵になる。

三菱地所、「環境」テコに有力企業集め

筆者は、東京駅前の新丸ビル10階にある「エコッツエリア」で開かれている環境経営サロンという場で、他称「道場主」という役割を務めている。環境経営を志す企業の経営者が参加され、その試みのポイントや成功・失敗の評価などを報告し、これまた環境経営に挑戦しつつある他企業の方々と議論している。

およそ月一回程度の頻度で議論の場が持たれている。実は大手町、丸の内、有楽町地区の多くのオフィスビルを所有する三菱地所が事務局を務める勉強会である。この地区が国際競争力ある中央業務地区として発展するには、環境に優れた有力企業に集まってもらうことが有効なのではないか、との思いで始めたわけで、すでに1年半に及ぶ。

いわば、「エコ目利き」力を鍛える道場である。その1年分の発表と議論、それらに基づく考察などを収めた書物を3月下旬に出版した(「環境でこそ儲ける」(東洋経済新報社))。政策投資銀行や西武信金の事例も詳しくここで紹介されている。

このような個別企業の事例に加え、それを素材にした考察、すなわち、どのような発想によれば環境性能の高い製品やサービスを作り込んでいけるのか、どのようにすれば需要サイドの力を得てビジネスが大きくなっていくのか、といった本コラムと共通することに関する筆者ら参加メンバーの考察も収めさせていただいた。

いずれにせよ、需要なくして経済の発展はない。「安かろう・悪かろう」の供給で需要を無理に作らなくとも、地球上には、まだまだ物的に恵まれない人々が多く、この人たちの需要を満たせば、経済活動は活発になる。

しかし、その需要の満たし方が、地球を壊す形で行われたのでは、貧困を本当の意味でなくすことはできない。環境を貧困にさせず、壊さず、さらにはよくする、という価値にも支払いをしてもらえる形に、経済を築き直す必要がある。自然の声なき声を聞き、貧者に寄り添う、冒頭に述べた聖フランチェスコのような心がけが必要なのは、新法王だけではない。私たちも、なのである。

(2013年3月21日)