小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第15回 2013年6月21日 英国も頑張るエコ賃貸―我が国もしてみようとするなり

 前回の米国に続き、環境を改善する需要側の努力に着眼して経済をグリーンにする英国の動きを紹介しよう。

 そもそも英国は低炭素化に大変に熱心である。なぜそうなのか、個人的にも疑問があったので、駐日英国大使館のそれなりの地位にある人に質してみたことがある。気候変動への強い危機感、英国で始めた産業革命のネガティブな帰結を正そうという人類史的な使命感、といった優等生のしそうな返答を得た。

 確かにそれもあるだろう。しかし英国が熱心な背景には、経済的な事情や動機もあるように論者は思う。英国経済で大きな位置を占めてきた北海油田とこれに係る産業が斜陽化し、投じられてきた資本や人的資源の転身・有効活用に迫られているということである。英国は、二酸化炭素(CO2)を油田やガス田跡地に封じ込めるCCS(炭素キャプチャー・アンド・ストレージ)にも熱心だが、その理由はここにあるのではないかと想像する。
 なにはともあれ、英国においては、低炭素化対策がすなわち経済対策であることは疑いようもない事実になっている。

 5月22日、アバディーンで開催されたエネルギー関係の会議において、デイヴィー・エネルギー・気候変動相は、2010年以降に限っても英国では290億ポンド(約4兆4000億円)もの再生可能エネルギーへの民間投資が行なわれ、3万人の雇用が創出されたことを報告した。今後の方針として低炭素の電力など再生可能エネルギーに対し、現行の3倍増、年間76億ポンドの政府支援を2020年には実現することへ向け、継続的な政策コミットメントを行うことを宣言した。ちなみに日本において、全額を省エネや再生エネ対策に投じ得る石油石炭税の地球温暖化対策税制分による政府支援と比べると、その数倍規模の大きな取組みになっている。やはり「環境をビジネスととらえる」という発想で、日本の一部産業界の後ろ向き姿勢とは異なっている。

標準光熱費の表示義務―ユニークなエコハウス政策

 住宅投資は、どこの国でもGDPの大きな項目である。これが環境で誘発されれば、住環境や光熱費の改善で住み手にも環境にも良い。もちろん経済にも良いことになる。

 英国では、2011年の冬以来、再生可能熱インセンティブ(RHI)という制度を設けている。これは、FIT(フィード・イン・タリフ。再生可能なエネルギーで発電した電力を電力会社に優先的な価格で買い取り義務を負わせる制度)の、いわば熱エネルギー版である。バイオマスや太陽熱の利用、地中熱の利用などを行った場合、20年にわたって金銭給付を行うという(このほかに初期投資への補助もある)。11年には事業所向けのRHIが始まったが、13年には家庭部門も対象に加えられた。一番高い給付が得られるのが太陽熱コレクターで、1キロワット時(kWh)換算熱量当たり8.9ペンス(12円)の給付が受けられる。英国より太陽熱エネルギーが豊富な日本では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)において、ようやく、住宅で得られる太陽熱の量を簡易に推計する方法の開発などが始まっている程度。創業者利益が大事なのが経済活動の原則なのだが、政策スピードでの彼我の差を感じざるを得ない。英国は、住宅における低炭素で、価格的にも有利な電力を選択し購入することへの指導や支援、さらに建築規制を通じて断熱性能や再生エネルギー利用を義務的に拡大していくことにも熱心に取り組んでいる。

 これらの取り組みにあって、論者として特にユニークだと思われるものがある。

 それは、賃貸住宅などの取引に際して義務的に開示され、新しい住み手に見せられることになる「エネルギー性能証書」である。2007年頃から欧州各国で実践例が出てきているが、英国のケースが最も踏み込んでいる。なんと標準光熱費を掲載することが求められる。

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賃貸住宅の場合、このような情報が住まい手に示されれば、これから家を借りようとする人は、家賃に、標準光熱費を加えた額をもってアパートやマンションの実負担額を考えるようになる。分譲住宅にあっても、ローン返済額と光熱費を加えて実負担額を考えることになるから、環境性能に優れた物件が、住み手に選ばれやすくなると期待できる。現在は、特に賃貸住宅では、大家さんは、いかに建設コストを引き下げて見掛けの家賃を安くするかの競争をしており、到底、エコ性能の高い住宅を建てようとするインセンティブを持っていない(分譲住宅や注文住宅では、住み手が、投資額の支払いと光熱水費を共に負担するので、費用対効果に優れた対策は行われる可能性がある)。

この「エコ買いな(2012年10月26日掲載分)」で既に紹介した北九州の芝浦ホールディングスが手掛ける太陽光発電パネル付きマンションは、光熱費が安くなる(あるいは暮らし方によっては無料になる可能性のある)ものとして広く知られていて、その結果大人気で、空室率が低い。住み手だけでなく大家さんにもありがたい物件となっている。こうした「三方よし」、地球が喜ぶことを加えると「四方よし」は可能なのである。

日本の商習慣、エコの経済性評価が欠如

このような事情から、標準光熱費の開示について我が国でもおっとり刀で検討が始まっている。環境省が国交省や賃貸の業界団体の参加を得て、検討会を開いている。
仮にこのような制度が実現したら、一層付加価値の高い住宅投資が行なわれることになる。住宅は一度作られると数十年更新されないストックになるので、早い取り組みが期待される。

かく言う論者も、自宅エコハウスにはここ十数年来、随分と取組みを重ねたので、次なる模範を示すべく、最近、エコ賃貸を始めようと考え、まさに設計段階にある。実際に自分で取り組んでみると、隘路(あいろ)は、標準光熱費の表示制度の未整備といった政策面だけではないことに気付かされた。ハードの技術はもちろんある。隘路とはソフトに係ることである。例えば、賃貸住宅の大家さんになろうという人々に対するハウスメーカーなどの営業は、環境への目配りがまったくと言っていいほど欠けていることに加え、賃貸住宅の建築費への融資が担保価値に加えて周辺相場に比較した賃料設定と建築原価の差に基づく単純な収益力に置かれて、環境性能が高く光熱水費が安い方が、住み手の家賃支払い能力が高くなることや健康で暮らせて医療費も減り、貸す方にもリスクが少ないことなどが評価されないことなどである。エコがもたらす経済性を評価するビジネス商習慣がないことである。これを変えれば、逆に大きな市場が生まれよう。

我がエコ賃貸は、北東北並みの断熱性能、一戸当たり2.8kWの太陽光パネル、災害時でも給電可能な容量7kW以上の蓄電池、これによって動く井戸水ポンプ、広く緑化した庭などを備える予定である。こうした利点を評価できる住まい手を見つけて、エコ賃貸の効果を実証していきたいと密かに念じている。この経過はまた稿を改め、報告しよう。

(2013年6月21日)