小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第19回 2013年10月31日 「緑の贈与」―環境投資促進の国際的な知恵比べ

英国で始まった家庭版ESCO―補助金頼みから脱却

 2013年1月から、英国では家庭版ESCO(省エネルギー支援サービス)と言うべき「グリーン・ディール」が始まった。その仕組みは、前回に紹介したハワイのものと近似している。

 エコ改修のための資金源はグリーン・ディール・ファイナンス・カンパニーという非営利のコンソーシアムが年利7%弱25年償還といった原資を提供し、住宅の居住者や所有者は、省エネ・創エネ改修を行った場合の支払いを電気会社への月々の支払いと一緒に行う、というものである。政府からの初期投資段階での補助金も、最大で工事費の2分の1と手厚く用意されている。このスキームの下、政府が示している試算例では、利用者は、従前の電力料金に比べ、年々数十から百ポンドといったオーダー(1万円前後)で電力料金とローン償還額の合計額を減らすことができる。

 英国の工夫は、店子である住宅借り手にこそ、このスキームの利用を可能にした点だ。仮に、当該賃貸住宅から退去した場合、次の居住者がローン支払い義務を引き継ぎ、承継が制度的に担保されている。また所有者(大家)自身もこのスキームを利用できるが、店子から改修の要求があった場合、拒めない。将来的には、省エネ性能の悪い住宅は賃貸に供することが禁じられるという厳しい義務が課せられている。また電力会社自体にも、このグリーン・ディールでカバーできない低所得者などを含め、住宅のエコ改修を行うことが義務付けられている。

 英国では、この政策により、CO2排出量を年間450万トン、削減ができると推計している(この数字は日本であったとしても大きな量と言えよう。削減量は100万kW級の原発2基分)。さらに、重要なことには、経済面の効果が大きいことがある。英国政府は、例えば断熱業界に限っても、雇用の倍増以上の効果(5年間で3万4000人の増加)を見込んでいる。この政策のプログラムが、各種の断熱工事を中心とした手作業の多い対策の実施促進をターゲットにしているからである。

 ちなみに、前回紹介した太陽光溢れるハワイでは、当面は、太陽光パネルの導入から政策が開始される。

 ハワイの例といい、今回の英国の例といい、各国が、これまで難しかった家庭の環境対策を促進するべく、新たな経済的なインセンティブづくりとグリーンな経済の活性化に知恵比べとも言える状況が生まれている。

日本の新工夫を探す―世代間でエコの譲り渡し

 残念ながら、何事もコンサーバティブ(保守的)なのが我が国である。我が国では、自然エネルギーからの電力の固定価格買い取り制度(FIT)が、導入されるという大きな変化はあったものの、これを除くと、太陽光設備やHEMS(家庭用のエネルギー消費の見える化のための設備)、蓄電池、電気自動車給電設備などに対する初期投資の補助金といった伝統的なアイデアに政策は依存したままである。こうした補助金の原資が、多くの場合、石油石炭税であることは、対策をする場合としない場合の差として機会費用を作り出し、微温的とはいえ、それなりの効果を生み出していると評価できる。とはいえ、この石油石炭税にも反対し、単に、補助金だけを望む向きもあると聞き及ぶに至っては、我が国のコンサバ振り、イノベーション嫌いも極まっていると思う。

 このようなコンサバな我が国で、それでも工夫のあった家庭の環境政策の誘導策としては、これも本コラムで紹介したことのある、家電エコポイント政策、住宅エコポイント政策がある。現在も、木材使いのポイントとして、その末裔をかろうじて見ることができる。

 ここに今、新星が生まれそうになっている。

 それは、「緑の贈与」である。この考え方は、京都大学の植田和弘教授と地球環境戦略研究機関(IGES、横須賀市)とが中心となって提唱したもので、2013年5月13日の日本経済新聞・経済教室で説明されている。

 この緑の贈与は、太陽光への投資を自ら行うことには乗り気ではないが、金融資産を持つ祖父祖母、あるいは親世代と、その子ども達、すなわち、太陽光発電設備を設けることに魅力を感じる一方で手元の資金のない世代とをつなげる考えである。簡単に言えば、高齢世代が子世代名義の太陽光発電設備を設置し贈与した場合、その贈与額を贈与税対象額から控除する。応用的なものとしては、一層大規模な市民出資の太陽光発電所の受益権を子や孫に贈与する場合のカバーも検討されているようである。

 このような仕組みを設ければ、高齢者が子孫に何か有益な資産を残したいとする意向を汲み取ることができる。しばしば言われるように、高齢者には、2000万円を超えるタンス預金(現金)や金融資産を使わずに亡くなるケースが多い。しかし、自らその資産を太陽光発電に投資して収益を得たり、安心を買ったりする気持ちには乏しい。自らの寿命を考えるからである。もちろん子孫の安寧に自らの資産を残す気持ちは大きいが、贈与税や相続税が掛かる。税金を納めて現金の移転を図っても、子や孫たちが有益なことに使わなかったらどうしようと悩んでもしまう。

 高齢者にIGESでアンケートを行ったところ、高齢者の約2割が緑の贈与をしてみたいとし、投じたい金額は平均430万円にのぼった。

 これを全国に拡大して推計すると、全国の高齢者世帯は、2000万世帯に及び、その中でも収入が支出を上回る世帯は、600万世帯ほどあると言われる。すべてとは言えないが、2000万世帯の2割に相当する400万世帯が緑の贈与のスキームを活用し、仮に400万円規模の投資を行ったとすると、その総額は16兆円規模に達する。この資金動員が15年間で果たされるとしても年額約1兆円の、追加的な需要が太陽光パネルに生まれることとなる。

 贈与税の軽減で、世代間の大きな資金移動が生まれることは、既に、教育資金の移転支援に関する政策で実証されているが、太陽光パネルも、世代間の資金移転を触発する良い契機になると言えよう。

 今、自民党、公明党の与党では税制調査会で、この税制の新設に向けた真剣な検討を行っていると報道されている。日本では、政策の知恵が乏しく、欧米のような、民間の活力を呼び込む魅力的な政策がなかなか具体化しないが、この緑の贈与のように、子孫の安寧に寄与したいと気持ちとCO2を減らし、エネルギーの安全保障を進めるという公益とを同時達成する仕組みはユニークなものであり、是非、実現してもらいたいものだ。

図

なお、政策減税すると、その目指す公益は増進させられるが、政府税収は減ることを通じ、その他の公益の達成は阻害されると考え、心配する向きもあろう。IGESでは、太陽光パネル設置費用の贈与税減免による贈与税減収と、太陽光パネル売り上げ増に伴う消費税収増の関係などを分析している。それによると、上図のとおりであって、贈与税収減と消費税収増とはほぼ均衡し、財政に悪影響を及ぼすものではないことが推計されている。政府の帳尻から、民間市場に目を転じると、これも上図のとおり、雇用の増加が期待されている。

欧米に負けない、政治家主導の政策イノベーションを期待したい。

(2013年10月31日)