小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第21回 2013年12月12日 節水は国境を越えたエコ・ビジネス――TOTOの挑戦

 本コラムでは、東急電鉄がプロモーターとなってベトナム南部ビンズン市で進む、交通機関と街区開発との一体的整備(TOD<トランスポート・オリエンティッド・ディベロップメント>)型の新都市開発を紹介した(2013年3月4日)。今回は、首都ハノイやホーチミンでTOTOが中心になって進めるホテルの節水プロジェクトを中心にベトナムの様子を見てみよう。

 論者は、11月末にハノイで開かれた日越の二国間クレジットメカニズム(ベトナムの温暖化ガス削減に貢献した分を日本の削減量にカウントできる仕組み)のプロジェクト協議会主催の会議に出席してきた。エコは、現地にも地球にも良いことであり、それを、極力、商売動機を活用して進める取り組みの一つとして、節水は、とても示唆深いものだと思われた。

水はベトナムのウィークポイント

 社会主義国ベトナムは、経済開放化政策の結果、経済成長は著しい。2004年にドル換算の一人当たりGDPは約550ドルであったが、8年後の12年には、約1530ドル(いずれも名目)とほぼ3倍増の経済的豊かさを実現している。経済成長率は、製造業の不振から近年余り高くはないが、それでも2010年の実質5.0%成長を底に、13年上半期では5.1%(同じく実質)と、予定より遅いものの、成長を回復しつつある。

 同国の強みは、日本貿易振興機構(ジェトロ)(注)によれば、若くて優秀な労働力、しっかりした農業生産体制、安定した政治であると言う。実際、現地を訪れた印象でも、通勤通学時間帯には、バイクに乗って職場や学校に急ぐ若者で道が溢れていて、ある意味、壮観ですらある(見た目ではインドネシアよりも多いかもしれない)。平均年齢は28歳程度で、人口ピラミッドを見ても、二人子政策により、ようやく紡錘型に転じつつあるところで、若々しい。食べ物も道路際の商店にふんだんにある印象であった。多くの建物にベトナム国旗が翻っていたのも印象深い。

 ベトナム側から見れば、日本は、外国からの直接投資の過半を占める重要な経済パートナーである(直近の2012年通年での、認可額ベースで見ると、外国からの直接投資の認可は約78億ドルで、うち日本からは約40億ドルを数える)。円借款でも、近年、20億ドル規模になっており、同国にとって日本が最大のドナー国である。

 他方、その隘路と言えば、ジェトロは6点を指摘している。9%程度に達するインフレ、賃金上昇を著しくしている(成長に比べた)労働力不足、インフラの未整備、裾野産業の不足、企業や金融の改革の遅れ、そして意思決定の遅さ、である。環境を専門とする論者としては、これらの中で、インフラの未整備に着目したい。

 同国では、重厚長大型の製造業が未発達であることもあって、大気汚染は、都市の二輪車や四輪自動車によるものがほとんどである。これに対し、有機物による水質汚濁、廃棄物の衛生処理には、既に多くの問題が生じているように見受けられた。ベトナム資源環境省が年ごとのテーマを定めて発行している環境の状況報告書によると、同国の汚水排出量は日量約200万立方メートルで、うち100万立方メートルが工場系であり、その70%は未処理のまま排出されているという。農村に展開している小規模家内工場(工芸村と呼ばれる)や病院などの排水の相当部分が未処理であることも指摘されている。

 このような状況に対して、公共の下水道整備、工場団地の排水処理施設整備などの事業も日本などの支援を得て行われてきてはいる。しかし、汚染の現状が顕著に改善するのはまだ先になろう。むしろ切羽詰っているのが、安全な上水の確保である。

 聞くところによれば、汚染された井戸水に上水源を頼っている人も多い。上水道が整備されていても、一つには原水が著しく汚濁していて浄水操作が追い付かないこと、そして漏水の多さから水圧が上げられないことで水道管周りの汚濁物質が容易に水道管内に混入することも多いことなどから、上水道を飲用に供することは不可能になっている。漏水ゆえに、供給量を増やしても、供給先に届く水量は簡単には増やせない。上水道自体も、原水の汚濁や需要とのミスマッチのため、月一回といった頻度でしばしば断水する。各家庭やビルでは、雨水を溜めたり、水道水を加圧して高架タンクに溜めたりして使っている状況である。これが、水をさらに不衛生にしたり(タンクの清掃不足など)、ポンプの稼働のために余分の電力消費が必要になったりしている。水は、健康そして不要なエネルギー消費を通じたCO2排出にも係っている。

 そこで、同国からは、水に係る支援が日本に求められている (なお、廃棄物に関しても、法制自体は拡大生産者責任を謳うなど、先進的ではあるが、実際には廃家電などは、お金になる部分のみが、まっさきに非公共セクターで抜き出され、中国等へ輸出される。ごみ部分だけが国内に残り、適正処理のルートが確立せず、水質汚濁と同様に、悩みは深いようであった。この分野でも日本の協力で、日本型の廃家電全体のリサイクルを目指す試行プロジェクトが始まることとなっている)。

“日本製品”がソリューションの核

 課題解決に向けたヒントを出したのは、日本企業のTOTOである。

 それは、大規模な水消費者であるホテルに着目し、そのシャワーヘッドや便器を最先端の節水型の物に替えることにより、大幅な節水とこれに伴う水道光熱費用の削減を実現させ、併せて、高架水槽への圧送エネルギーを削減して電力代を節約することであり、さらに、これらを通じて、ひいては、社会全体の上水供給余力の確保、二国間CO2削減クレジットの獲得といった利益を得ることを狙うものである。一石三鳥、四鳥の作戦である。

 TOTOのこれまでの調査によると、ベトナムのホテルなどで使われているシャワーヘッドの吐水量は1分間当たりでおよそ10リットル。他方、ベトナムの水圧でも使える節水型のシャワーヘッドの吐水量は35%減の6.5リットル程度になる。同じように、現有のトイレを調べると、その洗浄水量は、1回のフラッシュ当たり約12リットルであり、節水型トイレでは、これを60%減の4.8リットル程度にまで減らせることになる。

 やや尾籠なウンチク話になるが、これまでの調査によれば、ベトナム人は平均すると1日に1.1回大便に行き、6.1回小便に行くという。日本人の場合の、それぞれ1.1回、5.4回と言われる数字と大差はないので、ベトナムで期待される節水効果は、日本で期待される節水効果とさほどの差はないと見ていいだろう。シャワーの方の使用実態、使用感に関する日越の差は、アジアの建築・給排水分野の有識者組織であるアジア節水会議(Asian Saving Water Council)とTOTOが連携し、これから調べることになっていると聞く。

 ところで、便器一つひとつといったミクロの節水効果を離れ、節水のマクロに見た効果はいかほどなのだろうか。この数字は日本については研究されており、私など、他の対策による、特にCO2ベースの削減効果を知っている者にとっては、畏敬すべき大きなものなのである。脇道になるが紹介しよう。

 シャワーヘッドや便器の自然な代替、代替後のそれらが今日有する節水性能を踏まえると、人口減の影響を除いた場合で、家庭等の水消費量は、ピークと目される2006年頃に比べ、2020年では節水機器への代替で180万立方メートルほど減少される。これは家庭などの水消費量全体の約21%の削減に当たる。ところで、上水の製造や下水の処理および湯の加熱に係って発生するCO2は2007年で、日本国内で6600万トンと目されている。うち約1100万トンが2020年までに、水・湯使用側の節水によって減らされると計算されている。1100万トンとは、水の製造・処理および湯の加熱に伴って発生するCO2量に対しては約18%に、日本全体のCO2排出量に対しては約1%に相当する削減である。シャワーヘッドや便器の改善のマクロの効果は、ものすごい、というのが偽らざる感想である。

 ミクロに戻れば、ホテルでは、厨房での水利用などもあり、シャワーヘッドや便器での節水割合から単純に建物全体の削減割合を推定はできないが、それにしても、シャワーヘッドなどの交換が大幅な削減につながりそうなことはやはり想像に難くない。

 TOTOでは、アジア節水会議やベトナム政府などの支援も得ながら、本2013年度に、節水の効果の算定に関する方法論を確立させた上、2014年度以降には、数ホテル合計5000室規模での節水機器への更新と効果測定する方針でいる。

エコを事業として成り立たせる公的な仕掛け

 技術はあり、その実装による公益上の効果も決して小さくはないことは分かった。しかし、社会的な意義があったからといって、その事業が実地に行われるとは限らない。そこには、経済的な障害などが横たわっている。

 最新の便器やシャワーヘッドは、従来品よりは作り込みがよく、したがって高い。

 しかしホテルにはメリットはある。既に述べたように節水型になるので、水道使用料金の支払額が減る。揚水ポンプの電力代も減る。論者が実際にベトナムのホテルのマネージャーから聞いた話では、日本製、あるいは日本の設計による機器は故障が圧倒的に少なく、維持費がかからないことも大きなメリットだと言う。

図


問題は、概して途上国では、国民サービスの観点からエネルギー料金や水道料金が低く抑えられていて、節水・節電自体の生み出す利益が、先進国の場合よりもずっと小さくなってしまう点である。

論者が出席した二国間クレジットメカニズム・プロジェクト会議のベトナム側のメイン参加者である、同国建設省の局長も「ベトナム自体の努力として電力や水道などの公共サービス、ガソリンなどのエネルギー価格を適正なものへと引き上げていかなければならず、その方向で政策を実施中である」と明確に述べていたが、そのとおりである。

では、将来はともかく、今のベトナムで、この明らかに意義深い事業が専ら儲からないという理由でとん挫していいのだろうか。

TOTOやその現地のパートナーとなるホーチミン市省エネルギーセンター(日本で言えば、省エネコンサルトとESCO(省エネサービス)企業を合わせたような企業体。国の出資で運営されている。略称はECC-HCMC)は、いろいろなアイデアを探った。

大きな難点は、同国の銀行貸出金利が高いことである。成長率もインフレ率も高いので仕方がない。アジア開発銀行からの低利融資、日本の銀行からの国内金利並みの低利の協調融資の獲得も考えたが、このECC-HCMCは必ずしも営利性がはっきりしない。これには与信ができないという結果になったと聞いた。お目当ては、日本の高性能で壊れない節水機器の導入にあるので、そこで、日本の環境省や経済産業省が折よく推進しつつある二国間クレジットの仕組みを活用することが次に考えられた。この仕組みでは、現段階では、単に削減クレジットに対して日本が買い取り費用を出すということに加え、そのプロジェクトに必要な初期投資の概ね半分を日本政府が補助するという好条件もついている。この条件を加味すると、ベトナムの民間ホテルも節水機器購入に手が届き、他方で、機器を販売するTOTOもなんとか赤字を出さず、通常の商売ベースの自力のファイナンスで製造や輸送、取り付けを行える見込みになったようである。こうしたビジネスモデルを想定しつつ、今回の会議も持たれていた。

もっとも、ベトナム側には、さらなる奨励的な経済メリットがないかと探る様子も見られる一方、TOTO側としては、単価を下げるのではなく適正な利益を出しつつクレジット事業を推進したいという気持ちも働いていた。初期投資に対する日本政府による「国内並みの」CO2削減補助があるうちはよいだろうが、それがなく削減クレジットの買い上げだけになった場合のビジネスモデルには一考を要しよう。これについては、アジア節水会議が節水の定着の仕組みを検討中ということであった。

国内並みに温暖化対策を国外でも進める日本政府のスキームを活用すれば、資源価格が安く設定されているベトナムにおいても、公益性の高い事業を辛うじて可能にすることができるのではないか、と希望を感じた。さらに言えば、国内並みの対策補助インセンティブを積極的に適用する気になれば、途上国には、国内以上にむしろ数多くの削減機会を発見するチャンスがあるようにも感じた。

論者としては、こうしたケースを多数観察することにより、一層途上国の現実に即して事業を円滑に行えて、現地もドナー国も参加民間企業も、そして地球も喜ぶ「四方よし」の国際的エコ・ビジネスのモデルやその奨励政策を構築できるのではないかとも感じた次第である。

観光など他にもあるベトナムの機会

そうした問題意識もあって、この会議の機会をとらえて、全く異なったビジネスを見ようと、世界自然遺産となったハロン湾のエコ・ツーリズムを体験してみた。

ハノイから東南へ一般道路を3時間ほどの位置にあるハロン湾は、海の桂林とも言うべきである。石灰岩の切り立った岩山が海面から林立する奇景観でもって有名である。1994年の世界自然遺産への登録もあって、その保全と、保全しながらの観光開発に力が入れられていた。

ハロン湾の環境は、ハロン湾管理委員会によって管理されている。その業務の実施や一層の向上のための調査研究活動には、地元の資金だけでなく海外の資金も充てられており、この約10年間に40件総額10億ドル相当の海外からの支援が寄せられた。例えば、現在ではハロン湾地域の廃棄物収集方法の研究、石油流出時の対応計画策定、漁村の保存計画策定などが行われている。

管理委員会を組織し参加している団体の一つ、地元のクァン・ニン省人民委員会は、同湾の風致環境を損なう行為、例えば、違法な養殖施設、船による物販行為などの積極的な摘発に努めていて、2013年のこれまでの期間に169件の指導や処分が行われたという。論者の実地の経験は限られているが、観光客が利用する施設や船のトイレなどはしっかりした設備となっており、それなりに環境維持に努力がされていることが見て取れた。

このような環境維持向上策もあって、風致景観は良好に維持されていて、同湾は2013年暦年の11カ月間に外国人130万人を含む230万人の観光客を受け入れ、入域チケットの売り上げは米ドル換算で約850万ドルに達したという。クァン・ニン省は、世界の他の自然遺産地域に比べチャージできる額がまだ少ないと考えており、2014年以降にはさらなる増収を図る計画であると聞く。

以上のとおり、良好に自然環境を維持管理した上での観光業は、投資機会にもなると言えよう。

今回の本欄では、ベトナムのホテル節水事業を中心に、家電・OA機器のリサイクル、エコ・ツーリズムを紹介したが、今後も他の国、他の分野の例を通じて、途上国での環境ビジネスの機会や可能性、そして課題を論じていくことにしたい。エコ・ビジネスは前途洋々である。

(注)ジェトロ・オンラインセミナー「ベトナム:最近の日系企業の動向と投資環境」(守部裕行、2013年3月)

(2013年12月12日)