小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
本サイトからの無断転載を固く禁止いたします。

第21回 2014年1月29日 エコハウスには世の中を変える力がある

 今月末の東京ビッグサイトが面白い。1月29日から31日まで、恒例のENEX展が行われる。省エネ・エネルギーマネッジメントに絞った展示会やビジネスマッチングなどの専門のコンベンション・イベントであるが、昨年には約5万人もの来場者を集めた盛大な行事でもある。また併催行事が多く行われる。今年の目玉は、5大学のエコハウス合戦。エネマネハウス2014と称して東雲臨時駐車場で実物の家が5軒建てられている。

 資源エネルギー庁の事業の一環で、野村総研が事務局を務めている。数多くの大学の企画応募の中から5つの大学を選んで、実際にエコハウスを建てさせ、その性能などを実測、評価しようという事業である。今回は、こういった高性能エコハウスの開発・普及に伴うビジネスチャンスや政策の可能性を取り上げよう。

エネマネ住宅事業の4つの狙い

 この事業の勘所は、筆者の見るところ、4点ある。

 一つは、ゼロエネルギーで家を運営することである。住居で人々が暮らすことに伴っては、エネルギーが多量に必要だが、それを家自体が生み出して賄ってしまうのがゼロエネルギーの考え方である。さらに、一歩進んでマイナス・エネルギー(消費側ではなくネットで供給側に回ること)も考えられる。家の部品を製造し、また、建築するにはエネルギーが必要であるが、その投入エネルギー分も住宅で生み出される太陽光発電による電気エネルギーなどで相殺してしまおうということである。そのためには、住宅は、省エネになって太陽光発電の電気を余らせないとならない。もちろん、発電パネルを大きくすれば簡単ではあるが、この事業では、屋根に載せられるパネルは、最大3.5kWに限られている。年間せいぜい3500kWh程度の発電電力量を大きく余らせないといけない。2030年頃に標準的に実装できるような技術を考えて「ゼロエネルギーないしマイナス・エネルギーの住宅を設計しなさい」とのお題である。

 第二の勘所は、ゼロエネルギーやライフサイクルCO2削減だけでなく、健康増進など21世紀の課題と思われることに応えることである。一般的に言えば、断熱性能に優れた住宅は、室内の温熱環境に寒暖差が少ないため、心筋梗塞や脳卒中など中高年に多い病気が発症しにくい環境を提供できる。そうであれば、健康を維持増進することを積極的に追求し、実現することも、高性能なエコハウスの課題となる。高齢化など、家族形態の変化への対応や家族の絆の維持も大きな課題であろう。「環境だけでない社会的な課題の克服にも貢献しなさい」ということもお題である。

 第三の勘所は、アジアへの展開である。アジアでは、ますます都市化が進むことが予測されており、住生活を都市化の弊害から免れつつ営めるようにすることはもちろん、住居が、都市環境を維持向上させる役割を果たすことも望まれる。良い住居を開発し、普及することの必要性は、日本以上に東南アジアでこそ高い、とも言えよう。したがって、この事業で開発する住居は、東南アジアへの展開が可能であることが強く求められている。

 第四に、この事業には、学生の教育に貢献することも求められている。産学のチームづくり、設計や建築、住居の実測や供用に対して学生がどのように役割を果たしたかについても、学生自らの口で説明することが求められている。この事業は、昨年の晩夏から立ち上がり、極めて実施期間の短いものであり、指導に当たる教官はもとより、学生達にも、大変に忙しい仕事をこなすことを余儀なくさせた。最先端のアウトプットを目指し、濃縮され、即決を求められる環境の中で鍛えられることが、“2030年頃の日本のものづくりのリーダーを育てる”、一つの効果的な機会につながると期待された。

慶應の提案するソリューション、その5つの特色

 以上のような要請を受け、東大、千葉大、芝浦工大、そして早稲田及び慶應の5大学がアイデアを出し、実際の形を作り上げることになった。

 慶應では、筆者の勤務する湘南藤沢キャンパスの池田教授(建築、特にコンピュータを使った設計などが専門)が研究代表となり、中村教授(コンピュータ、直流利用などが専門)、堀江特任教授(蓄電池が専門)、古谷准教授(健康関係ビッグデータ解析などが専門)に加え、日吉(矢上台)にある理工学部から伊香賀教授(建築環境設備が専門)、西准教授(空調設備などの制御が専門)が教官となり、研究室に所属する学生が、この事業に参加した。慶應の提案するエネマネハウスの第一の特色は、提案形成に加わった指導教員の専門領域の多彩さにある。後で述べる理由のために、建築設備や家電などの制御に力を入れたためでもあり、また、私自身のように、このような高性能住宅を普及させるための横展開的な取組みに関心を寄せる社会科学系の教員や学生も参加した。

 慶應の提案の第二の特色は、ゼロエネルギー、さらには、ライフタイムでのマイナス・エネルギー、カーボンマイナス(温暖化ガスのネットでの削減)を目指すために、家の外被や設備、そして家電に至るまで、きめ細かく制御することを目指したことである。

 どこの家であれ、個々の機器は、住み手がコントロールできるようになっていて、広範な機能を誇っている。これらをうまく使いこなせれば、大きな省エネの余地が生まれる。しかし個々のリモートコントローラーなどはそれぞれに複雑になっていて、とてもその機能に習熟することはできず、普通の住まい手は使いこなす境地に達せられない。その上、いろいろな機器を統合的に運用しなければ、折角の高機能も宝の持ち腐れで、省エネの深堀は困難である。西研究室では、やや挑戦的な物言いであるが、「見せない化」ということを標榜した制御を提案した。その仕組みは、極端に言えば、住まい手は、もうちょっと環境負荷を減らす省エネ型の室内環境でも大丈夫なのか、それともエネルギーの投入が増えても一層快適と思う室内空間を望むのか、そのような分かりやすい形でその都度、判断すればいい。あとは、室内に微風を循環させることがいいのか、エアコンを稼働させるのか、といった様々な選択肢の中から、住み手の日頃の選択を学習した結果やその時々の室外環境の状況に応じて、各設備が協調的に自らを制御して、最適な形で室内環境を整える。制御の範囲には、窓や外付けのルーバーまでが入っており、春や秋、あるいは夏でも快適な時間帯には、外気やダイレクトゲインを賢明に取り入れる仕組みになっている。

 エネマネハウス展の期間での実測は、専ら冬の気候への対応に関する測定なので、こうした制御の仕組みは過剰装備である。日射の取り入れ(ダイレクトゲイン)と、断熱による保温に専念するのがエネルギー消費量的には得策であって、制御の仕組みは、冬は重荷になって他大学との競争上有利ではない。だが日本でも夏は暑いことや、東南アジアへの将来展開などを考えると、こうした制御が是非とも必要であると考えられた。重装備の制御などを取り入れたために、慶應チームへの参加企業は、建築材料や設備関係のメーカーに加え、制御などに携わる企業も参じ、その結果、5大学中最大の企業数(参加26企業・団体、協力2組織)になった。そのリストを見ると、日本の底力を見るようで頼もしい。

 慶應の第三の特色は、上記のような制御の目的を、エネルギー消費の極小化だけに置かず、環境・エネルギーの他の社会課題として健康も取り上げ、健康が維持増進されるよう、例えば、睡眠時の環境の制御、覚醒時のサポートなどを行うことを視野に入れていることだ。住まい手の行動や活動度合は、センサー技術ではかなり把握できるようになっており、基本的な安否確認のほか循環器系の各種の疾病や熱中症などを起こりにくくする室内環境制御は相当可能になってきている。温熱環境を整える上で、慶應の提案は、輻射(放射)熱(冷熱)を重視し、通常型のエアコンは置かず、床下への暖気(冷気)の蓄熱(蓄冷)を行い、人工的な空調機には、除湿を効率的にできるデシカント空調機と放熱板を用いたが、これも健康維持増進へ貢献するためである。慶應では、エネマネハウス展以降の研究での取り組みも含め、健康の維持増進のための制御を目指すこととしている。

図


第四の特色は、上述のような先端技術優先的な印象と打って変わるが、先端技術の活用と同時に自然親和的な取り組みにも大きな力を注いだ点である。例えば、構造躯体は壁であって、自然素材、具体的には集成材(CLT:クロス・ラミネーティッド・ティンバー)という合板である。間伐材など余り見栄えの優れない小径木から作られる板でも、繊維が直行するように貼り付けることで、大変に大きな強度が得られることに着目して欧州で使われるようになったものである。欧州では、既に10階といった高い建物にも使われているが、我が国では、ほとんどない(今回は国産材も使っている)。このCLTが各所で使われるようになると、炭素の貯留源として有力なものになるほか、特に我が国で急務となっている間伐の促進にも良い刺激になる、と目され、大きな期待を集めている。建物の中の各種調度品・家具も木製、屋根で取り入れた太陽熱(あるいは夜間の放射で得られた冷熱)を床下に蓄熱(蓄冷)する熱媒体には、自然石(石材加工時の廃材)を用いた。さらに建物は、外被として緑をまとっている。

第五の特色は、理念的なものであるが、この住宅自身が連担することにより都市の環境がよくなることを目指したことである。住まい手が、住居環境の制御のシステムに助けられて手応え感のある省エネ行動ができ、結果的に不要となった電力が逆に配電網を通じて供給され、都市全体としての低炭素化や創エネに資するということも含む。そのうえ、この家は緑被をまとって、連担することで、高密度な都市に緑を増やし、景観を改善する。高密度な市街地でも連担ができるように、南に大きな開口を取るような一般的な間取りではなく、南北中心線は、45度斜めになることによって、どの家も外からの視線を気にすることなく平等に太陽光が取れるように(逆に言えば、一つの家が陽光を独占しないように)配慮している。つまり家を仲立ちに、住まい手も地球にやさしい行動を取りやすくなり、連担しやすくなることにより屋外の環境も改善されやすくなる。こうした人と市街地環境の同時的な進化を媒介する家を作る、という趣旨で、このエコハウスは、慶應型共進化住宅と名付けられた。

この家が、外部の環境に負荷を与えるところが少なく、環境を改善する力を持つ、ということは東南アジアなどの、急激な都市化が進む中で電気や水道のインフラの整備が追い付かない環境にも、適応し得ることを意味する。今回のエネマネハウスの展示場所では、本格的な水道使用ができなかったが、今後は、例えば浄化槽(装置)や雨水槽を備えることで、アジアのニーズにも応えられる形への進化を目指す計画である。

家はエコビジネスの宝庫、健康ビジネスもカバー

以上は、筆者の属する慶應の提案であるが、他の4大学もそれぞれに発想や工夫を凝らした提案を、実物によって行っている。是非、それぞれを見ていただき、近未来の住宅がどのような形や機能のものになって、住まい手と、社会や地球環境との間に、良い関係を結ぼうとしているのかを、じっくりと考え、我々の前にいかに大きく広範な可能性が開けているかについて想像を巡らし、得心していただきたい。

この「良い関係」については、筆者は人々が専ら環境の関係だけを考えて行動するわけではないことも承知している。今後、人々が、結果として環境に良い住宅を選択するとしたら、それは住み手の健康に対する関心の高まりによって誘導されるのではないかと思っている。

前掲の慶應・伊香賀教授の研究等は、温熱環境に優れた住宅が健康、特に高齢者の健康の維持増進に対して有効であることを既に様々な面で示している。この点に着目すれば、質の高い家にすることに向けて、住み手から相応の資金負担を引き出すこと、すなわち新手のビジネスが大いに可能であるように思われる。

筆者がおよそ3年近く「道場主」という名のアドバイザーを務める「環境経営サロン」(新丸ビルのエコッツエリアでおよそ2カ月に1回程度開催)では、最近、測定などに独特の技術を有するドコモ・ヘルスケア社(オムロンとドコモの協力で作られた企業)の事例が発表され、討議された。そこにもそうした新ビジネスの萌芽が見られた。

同社の前身の一つであるオムロン・ヘルスケアでは、2012年5月から、高血圧改善に関して患者と医者をつなぐ「メディカルリンク」事業を始めたが、それは血圧計の測定データを携帯端末の回線でサーバへつないで蓄積し、インターネットで同時に蓄積データの解析結果の形にして医者へ提供する仕掛けである。個々人のデータはもちろん、そこから、膨大な、公衆衛生的なデータも積み上がっている(日本血圧マップなど)。最近のGPSを組み込んだ携帯などは、さらに個々人の移動・運動状況も分かり、同社では既に、日本歩数マップなどを発表している。これによれば、公共交通機関の発達した首都圏では歩数が多く、自動車依存が進んだ地方では、残念ながら歩数は少ない。

同社では、今後、センシング技術の進化を積極的に投入することによって、高齢化に伴って広さやボリュームを増している健康管理ニーズに応えていけると見込み、「わたしムーヴ」プラットホーム事業との発想で、疾病予防的なライフスタイルを提案し、サポートしていく諸事業を展開していくこととしている。

筆者は、その中で、将来的には、室内環境の見張りや制御といったことにも橋が架けられていくに違いないと思っている。それは、現に、慶應大学の金子教授などが主導して東北地方(栗原市)で進めているグリーンICTの研究プロジェクトでも試みられていることであるからである。

エコハウスの普及促進、介護や医療への支援の仕組みも活用を

家の構造・性能と住み手の健康づくりとを見える形で結びつけるツールを我々は既にもう手にしている。それを活用し、より良い家へと人々を後押しするビジネスは、既に視野に入ったと言っても過言ではない。例えば、介護保険における高齢者対応の住宅改善のための給付と同様に、エコハウスへの改善とリアルタイムの健康監視を、健康保険の給付や料金軽減でサポートすることは合理的であろう。新築のサポートは当然として、5000万とも言われる既築住宅を改造していくことは有意義である上に極めて大規模なビジネスになろう。

もう少し一般的に見ると、下の図2のように、エコハウス普及の障害とは、大きく2つに区分し、費用面の障害、つまりは高価格と、費用に見合う便益の認識不足に伴う障害であると認識することができよう。2つのタイプの障害には、それぞれ適用可能な対策があり得る。費用面については、健康改善や環境負荷軽減に行政が投じている費用を回避可能原価として見立て、補助を行う。特に初期投資負担の円滑化が、期待できようし、生命保険料や疾病保険料、住宅ローンの金利などを、エコハウスの中で健康なライフスタイルを実践していることに着目して軽減することも考えられる。健康な生活を続けることへの継続的なインセンティブとすることができよう。また便益の認識不足には、住宅取引における重要事項説明の項目として、その住宅の環境性能を示さないといけないこととする、といった対策が考えられる。

図


これらは可能な取組みの一例に過ぎないが、家の環境性能の向上を通じて、社会経済も環境問題も大きく改善する可能性を孕んでいる。その発条(ばね)になるのが、環境や健康、あるいは経済性への関心である。そこへ積極的に介入することは、大きな公益・効果を生もう。筆者が拙宅・羽根木エコハウスを建てて7年後の2007年に上梓した旧著『エコハウス私論』で、「エコハウスには世の中を変える力がある」と述べたが、エネマネハウスへの取り組みの中で、改めてそのことを確認した。

(2014年1月29日)