小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第25回 2014年4月28日 長崎・五島列島を小さな英国に

 英国が、再生可能エネルギーの開発・利用によってドライブされた経済ブームに沸いていることはよく知られている。

 英国の経営者団体、CBI(The Confederation of British Industry's)が作った資料(The colour of growth, Maximizing the potential of green business)によると、2010年から2011年にかけての同国のグリーン・ビジネスの成長率は2.3%であり、雇用は94万人分であるという。11年から12年の成長率の3分の1程度が、このグリーン・ビジネスの付加価値が増えたものに由来する。グリーン・ビジネスは、同国の貿易赤字を改善させていると言う。英政府の推計では、14年から15年の貿易収支の赤字は(年々縮小傾向にあるが)、グリーン・ビジネス関連の貿易がなければ推計値の倍に達するとしている。グリーン・ビジネスに伴う黒字幅は50億ポンド(約8500億円、1ポンド=約170円)に達し、この年次に見込まれる約100億ポンドの赤字を半減させるのが、グリーン・ビジネスの黒字だと指摘する。そして英国の発展するグリーン・ビジネスの中核が、再生可能エネルギーの開発・利用である。

大規模洋上風力は、英の専売?

 2013年5月に開かれた全英エネルギー会議でディヴィー・エネルギー気候変動相は、2010年以降に限っても、総額290億ポンド(約5兆円)が再生可能エネルギー分野に投資され、雇用誘発は3万人規模に及んだ旨を報告している。将来に向けても、投資拡大が企画されており、政府の支援額は、2020年には現在の3倍増の75億ポンドに増加させるとのことである。官民の取り組みによって、電力に占める再生可能エネルギーの供給割合を現在の11%から2030年には30%へと引き上げる目標を定める。

 このように英国が熱心に取り組む再生エネルギーの中でも、洋上風力への力の入れ方は極めて顕著である。世界全体の風力発電容量は2012年末に282GW(ギガワット=100万kW)であり、英国のシェアは、中国、米国、ドイツ、スペイン、インドの次の第6位で、約3%ではあるが、世界最大の風力発電所は次々と英国に生まれている。例えば2013年7月に運転が始まったザ・ロンドン・アレイ(ケント州)の洋上風力は1基が3.6MW(メガワット=1000kW)、175基で合計0.63GWと同国の風力発電容量を1割近く増加させた。これ以前の世界一の洋上風力は、同国のターネットで0.3GW級であったので、英国での風力拡大が急速であることがよく分かる。

 このような洋上風力の強化は政治意思に加え、同国が比較的遠浅で風況の良い北海を広く領有していること、海上での風力発電所開発の許認可権が政府にあることを踏まえた開発法制を持っていることを反映している。このため英国での洋上風力開発はまだまだ進んでいくと思われる。

再エネ、日本のエネ計画では目標なし

 翻って、我が国の様子を見てみよう。4月上旬に日本政府は、エネルギー基本計画を決定した。しかし議論があったものの再生可能エネルギーの導入目標を設けることはできなかった。再生可能エネルギーの導入については、今までに公表された数値を上回ることを目指して、エネルギー・ポートフォリオ(ミックスの仕方)を今後検討するといった文章が挿入されたのみであった。過去の公表数字としては、例えば、2010年6月の総合資源エネルギー調査会に提出された資料がある。2030年に、電力供給量に占める再生可能エネルギーの割合を約2割にしよう(英国での目標は前述のとおり、30%)、としたものがあった。彼我の違いは残念ながら相当にある。日本は、もう再生可能エネルギーでは出遅れたのであろうか。

 そうではない、という実例を長崎の五島列島で視察した。

 そこには、実証機サイズではあるが、それでも1基2MW、ローターの直径で80mという壮観な洋上風力発電機がある(写真参照)。

図


どこが出遅れでない証拠なのであろうか。

まずは、この発電機が、世界で最初に商用グリッドにつながった浮体式(船のように浮かんでいる方式)の洋上風力発電機である点である。

長崎五島辺りは、玄界灘にかけて、風況の極めて良いことで、北海道周辺と並ぶ海域である。しかし、日本近辺の海は、急深であって、欧州のように着底した風力発電機を置くことはできない。そこで浮体式に脚光が当たってきたのである。日本の優れた造船技術やコスト削減技術を生かして、丈夫で安全な浮体部が作られた。

風車や発電機部分にも、技術的な工夫がある。風車の羽の形状設計も(作成は簡単だが)相当にノウハウが詰まっていることはもちろん、最大のポイントは、欧州などとは反対の、ダウンウィンド型であることだ。具体的には、風上に風車が向くのではなく、風上には発電機などが詰まったナセル部分が向き、風車は、タワーよりも風下側にある。福島沖でも同時期に洋上浮体風力が設けられたが、これもダウンウィンド型の2MWであり、いわば日本のお家芸である(福島では、今年度中に風車の直径160mの、実用機7MWの2基が建設予定であるが、これもダウンウィンド型)。この型にこだわる理由は、風速が高まると自律的に発電効率が上がる点である。無風時は、浮体はナセル側に傾いているが、風が当たると、浮体は風車への圧力で垂直に近づくように立ち上がる。これによって、風が強いときにこそ、風を受ける有効面積は増加する。他方、通常の向かい風で発電する風車は、風が強くなるに従い、のけぞる形になって風を受ける有効面積をかえって減じてしまう。つまり、浮体式にこそ向いているのが、ダウンウィンド型なのである。洋上風力の設備利用率(稼働率)は、沖合に行くほど高まり、30~40%も期待され、陸上の20%程度をはるかに凌ぐ。着底式の物よりも費用的に高くとも、なお有利な点はここにある。

自然の恵み、味わいたい――再エネの島へ動き出した

五島の浮体風力では、今後の本格的な洋上風力の開発時代の到来を控え、慎重に、水産資源や渡り鳥など、生態系への影響を調べる調査が続けられている。水中の映像を見ると、浮体の水中部分は、いわば藻場となって、多数の魚が群れていた。これを見ると、漁業関係者との共存の可能性も大いにあるのではないかと、たのもしく感じた。もちろん、浮体風力を係留するアンカーと船が曳く漁網の関係など、利益相反に注意を要する要素もあるが、例えば、浮体風力□□号(五島の場合は「はえんかぜ」)が、地域の漁協の一員になって、地域振興にも役割を果たす、といった制度を設けることも、英国を追撃する上では、有効ではないかと思われた。

五島諸島から玄界灘は風況が良いだけに、将来が期待される風力発電適地であるが、ただの電力出荷基地でない形での発展を模索する動きがある。

それは、「長崎県EV・PHVタウン推進事業」や先進的な情報配信システム「長崎みらいナビ」といった取り組みが行われているからである。電気自動車と高度道路交通システム(ITS)とを組み合わせて使いこなそう、というのがその目的である。

実は、風況の良い五島には陸上にも風力発電機が既に多数並んでいる。ここからの電力は、現時点では、大変残念ながら、九州本島に高い電圧で送られてしまい、地消されていない(洋上浮体風力の電力は、近くの島で一部分は消費されている)。しかし、その足元では、先進的な電気自動車ワールドが展開されつつあるのである。

五島には、2010年度に、140台もの電気自動車(2台はPHV)が導入され、タクシーやレンタカーとして活躍している。レンタカーでは、きめ細かな観光情報などがリアルタイムで利用できるほか、島々の各所に設けられた充電設備(各島合計で27カ所の急速充電設備を数える。福江島を例にとると、この他に公衆用の普通充電設備が17カ所ある)で、電力を補充することができる。五島では、将来は、これらのEVをいわば電力網の蓄電池としても活用し、先進的な再生エネルギー中心のグリッドを構成する、との構想を描いている。

五島が、単なる発電基地としてではなく、豊饒な再生可能エネルギーを活かし、最先端のエコな暮らしや観光が楽しめる島として栄えることが、何事にもコンサバな最近の我が国の目を開かせてくれることになるのではないかと強く感じた。近江での芭蕉ではないが、「自然の恵みを、五島の人とこそ惜しみなく味わいたい」というのが筆者の心境である。

(2014年4月28日)