小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
本サイトからの無断転載を固く禁止いたします。

第28回 2014年7月23日 老・壮・若が協働の未来型のまち―国内で具体化へ

 日本の人口の縮小・高齢化に伴って、都市の縮退・コンパクト化、中山間での人間居住域のトリアージュ(優先順位づけ)と再整備が必須になってきている。行政サービスの供給能力の貧弱化に対する仕方のない帰結と見ることもできようが、むしろ世界各国がいずれ迎える人口減少時代の社会の在り方を探る先取り的な取り組みとも言える。社会の新しい在り方への移行に伴って、経済も姿を変える。では、どのような変化が、特に経済の需要面で生じてくるのだろうか。以下では、そこを占ってみよう。

 時代の課題解決へ向け新しい発想で挑戦する企業人には、是非、老壮若協働のまち、という手法に注目をいただき、応援してもらいたいものである。

健康づくり、高齢者対応、省エネ推進の同時実現へ政策研究会

 三菱総合研究所と一般社団法人・日米不動産協力機構が共催し、「サステナブル・プラチナ・コミュニティ政策研究会」を7月10日に立ち上げた。2014年度末には1回目の政策提言を世に問い、15年度以降も、一層詳細な提言活動を行っていくことが目的である。ちなみに、日米不動産協力機構とは、全米リアルター協会や各国に存在する同協会との連携団体と協力して、不動産流通政策の向上に向けた国際的な研究活動などを行う団体である。

 この研究会が、日本で政策提言しようとする「サステナブル・プラチナ・コミュニティ」とは何だろうか。それは、健康づくり、高齢者への対応、省エネを同時に図る持続可能な地域社会のことである。背景として指摘されていることは、人口減少・超高齢化社会という課題への対応が喫緊なものとなっていることがある。このコミュニティは(1)高齢者の住まいの快適性・水準を高めること、(2)多世代共創型の社会システムを作ること、(3)都市空間や地域の資源の価値を高めること、(4)都市、地方間の交流・協働を進めること―などを通じて構築できると期待される。高齢者が健康で元気に暮らせる住まいと持続可能な地域であるとされる。

 そこにはヒントとなった海外での事例がある。米国で言えばContinuing Care Retirement Community(以下CCRC)といった事業によって実現されている。健康な時から介護時まで、住居を移転することなく安心して暮らし続けることができるシニアコミュニティであり、米国全体では既に約2000カ所を数え、居住者も約60万人に達するという。年商ベースでは約3兆円の市場になるとされる。これを一つの雛型に、人口減少、都市縮退といった人類史的課題で欧米よりも時代先取り的に直面し、過酷な事情になる日本において、一石何鳥もの新しい社会的な役割を果たせるコミュニティができないか、というのが、この研究会の狙いである。

米国に先例、特徴と様々なメリット―四方よし

 米国の先例をもう少し見てみると、CCRCは日本で言う老人ホームとは異なるものである。この研究会を立ち上げた三菱総研の松田主席研究員によれば、健康支援、予防医療、社会参加、生涯学習、保険、資産運用、不動産流通などを組み込んだライフスタイルを形成するビジネスであり、それゆえに地域ぐるみの発達を見せているという。予防医療などとセットになっていることに見るとおり、このビジネスモデルは、重度の介護にならないことを意識的に追求して成り立っているとも言える。この研究会のキックオフ・ミーティングで披露された一例(ニューハンプシャー・ハノーバー市)では、400人、平均年齢84歳のコミュニティで寝たきり率は2割という(北欧を嚆矢に、最近はフランスでも無理な延命治療が控えられるようになったため、社会全体の寝たきり率は顕著に低下している)。

 日本と同様に、米国でも、Nursing Home(重介護棟)やMemory Support(認知症対応棟)といったような輪切りの介護システムがあるが、これを同じ敷地で一気通貫にしたのが、CCRCである。最初のCが示すとおり、介護の段階に係らず、一つのコミュニティに居続けられるのである。

 三菱総研の資料によれば、サンフランシスコの「ザ・セコイヤ」というCCRCでは、居住施設を中心に半径1.5km程度の内にある各種の公共施設、コミュニティ施設を巻き込んで運用がなされている。またカリフォルニア州のデービスでは、カリフォルニア大デービス校との連携の下、シニアが再び学び、あるいは若い学生に実体験を教えるといった形で大学教育に参画している。このように、シニア層の生きがいに対応した地域ぐるみの取り組みが行われ、それが健康の維持増進にも役立つ回路が形成されている。

図


高齢住民にとってのメリットはもとより、雇用や税収の確保、といった自治体側の利益も無視できない。そこに参画する産業としても、食事、レジャー、ヘルスケアー等のサービスの提供、不動産や金融に係る資産運用の受託といった業務に集中、専門的に携わることのできるメリットが生じる。UCデービス校に見るようなケースでは、教育研究内容の向上、地域貢献の強化といった利益も重要になってくる。

論者なりに言い換えると、高齢市民の生きがいに焦点を合わせ、民間活力を地域ぐるみで活かすと、新しい境地が開け、民公産学にとって、「四方よし」の利益が生まれる、ということである。これが米国の先行例が示すところなのであろう。

論者の懸念は、こうした事業は、富裕な高齢者市民のみを対象とするところで成り立つのか、という点にあったが、現地の統計を引用して三菱総研の松田主席研究員が説明したところによると、CCRCへの新規入居者の世帯収入については、ボリュームゾーンは、世帯の年収が3万ドルから7.5万ドルの階層であって、このクラスが、全入居者の約半数を占め、そのクラス以下の収入の世帯も全体の4分の1以上を占めるという。論者の、おおよその試算では、世帯当たり収入400万円が入居者の中位値ではなかろうか。日本にとっても手の届かない数値ではないように思われた。

CCRC、日本でこそ可能性

自然増・社会増が共にあり、人口が上向きで、黙っていても付加価値が増えていくような米国とは違い、日本では社会の縮退期に差し掛かっていて、課題は山積している。少なくなりゆく投資原資の賢明な配分が強く求められる。このような文脈の中で、日本版CCRCを追求する価値があるとすれば、それは、以下のようなことではなかろうか。

例えば、高齢市民の「生きがい創り」がうまくいけば、介護や医療の公費負担が節約できる可能性が生じる。限界集落などの取捨選択的な再整備が進めば、行政の一般的コストも削減できよう。

重介護への移行リスクをCCRC事業者が取るなら、今は、高齢市民が老人ホーム行きに備え、ただただ蓄えている流動性の高い現金貯蓄資産が解放され、一層リスクの高い、それゆえに国全体に活気を与えるような投資が活性化できるかもしれない。

高齢市民が暮らしやすいまちづくり、建物づくりは、健常なすべての人々にとっても過ごしやすい安全な街になるだろう。そうした街づくりには、単に土木建築だけでない。例えば情報通信技術(ICT)なども含め、いろいろな産業の参画が必要で、大きなビジネスを生もう。

さらに、人口縮退・投資原資の縮小の中であっても、日本は、差し迫った人類的な課題に並行的に取り組んで人類社会の一員としての責任を果たさないとならない。その一つとして、日本が先進国の中で米国に次ぐ責任を担う必要があるのが、地球温暖化対策である。この観点では、老人が現状の断熱性に優れない住居に住み、室内の温熱環境を快適な水準に維持しようとすると、浪エネにもなりかねない(論者は、老親との同居経験から、「老エネ」と称している)。省エネを飛躍的に進めることができることが魅力的である(さらに、住居の中での心臓血管系、あるいは脳血管系の発症を大きく抑止できることも魅力である)。郊外への拡散膨張傾向が改められてコンパクトな都市への居住が進むと、新しいモビリティのチャンスが生まれ、現状の家庭からのCO2排出量の3割近くを占める自家用ガソリンエンジンの乗用車からの排出も大きく削減されるだろう。

こう考えてみると、CCRCのようなことは、日本にとってこそ一層大きな利益を生むように期待できそうである。

ちなみに、我が国の15歳から64歳の生産年齢人口は、2050年時点でも、「三丁目の夕陽」の時代、我が国の勃興期である1960~70年頃の生産年齢人口(約6000万人)に比べ、そう見劣りするものではない。仮に65~70歳までのシニア層が元気に働くとしてこれに合算した場合の人口は、それを上回るほどである。高齢者が元気であれば、我が国には、高度成長期に匹敵する労働力供給のポテンシャルがある。残念ながら、供給は需要を見出す、というのは、物が足りなかった時代のことである。供給過剰、デフレの今日にあっては、大胆に、高齢市民の需要、地球市民としての需要を喚起・顕在化させ、供給ポテンシャルを具体化させ、好循環の経済サイクルを発進させようではないか。

湘南に見る日本版CCRC――藤沢市での挑戦

湘南は、論者のような団塊の世代にとってはあこがれの地の一つである。当地で今、いくつか、CCRCの観点から見ても興味深いプロジェクトが進み、あるいは計画されつつある。

その一つは、湘南藤沢サスティナブル・スマート・タウン(藤沢SST)である。この新たな街づくりは、パナソニックの関東初の工場であった土地を再開発する。広さは、最終的には19ヘクタール、1000世帯(戸建ては600世帯)、3000人規模になる。標榜するのは、100年後も問題なく住み続けられる街で、高い防災・環境性能を誇っている。現在は、中心になるセンター建物とおよそ60戸の戸建て住宅が使われ始めている。これら戸建て住宅は、パナホーム建設のものを例にとると、太陽光発電が能力4.8kW(キロワット)、これに見合う5kWh (キロワット時)程度の蓄電池、さらには、ITを活用して住宅で使うエネルギーを一元的に管理するシステム(HEMS)が標準装備されている。中には、燃料電池装備の家もあった。高い断熱性もあいまって、一家3人程度であれば、太陽エネルギーで自立できるだけのハイ・スペックなエコハウスである。系統電力がダウンした際には、数日持ちこたえることも可能であろう。分譲住宅や、街の中心のセンター(コミッティ・センターと言われる)屋上は、津波などに対する避難所の役割を果たしている。

図


これらのハードのしつらえも優れているが、街区としての、マネジメントにも力が注がれており、この点も大いに注目された。

住民は皆、自治会たる「SSTコミッティ」に参加するのであるが、その自治会費収入からの支弁によって、コミュニティ・マネジメントの専門会社である「SSTマネッジメント㈱」が収益しつつこの街区を管理する。それは例えば、各所に設置された防犯カメラの映像監視やごみ処理など多彩であるが、高度なICTを駆使したものであって、ゲートのないゲーティッド・タウンと言えるような安全性を担保している。論者ほか、慶應湘南キャンパスの環境系の教員や大学院生で、このほど見学し、丁寧な解説を受けたが、このタウン・マネジメント会社は、電力の自由化後は、一括受電や節電量管理によるアグリゲーター機能(多くの利用者の電力需給を調整し、省エネを進める役割)の発揮、さらに系統途絶時の構内の太陽光発電による給電など、つまりはスマートシティ化も視野に入れているように感じられ、大いに頼もしかった。

個別住宅も街区全体も、これだけの設備やシステムを備えているので、売値は確かに周辺相場よりも高くならざるを得なかった(500万円から1000万円程度高額とのこと)と聞くが、1期の売却は、抽選になるなど高人気で完売した。違いが分かる市民が育ってきている。

ところで、この藤沢SSTをこの欄で紹介するのはなぜだろうか。それは、このまちが、老壮若多世代のコミュニティづくりを目指したものであって、実際の購入層から見ても、子育て世代だけではない、熟年世代、シニア世代の支持を得られたことである。

我が国には、エコ住宅街区の生きた見本がまだまだ乏しく、中国・天津などの話を聞くにつれて残念に思っていたが、そうしたものが誕生した上、それがCCRCといった高齢市民をも包み込む理念や設備を持っていることに心強く感じることができた。日本国内のCCRC的な試みの現存例としては、中部大学とUR都市機構とが共同して進める高蔵寺ニュータウン(愛知県春日井市)のシニア大学という取り組みもある。これについては稿を改めて紹介しよう。

慶應未来創造塾と相鉄線新駅周辺、TOD的開発構想

湘南でのもう一つの挑戦を紹介しよう。それは、相鉄、小田急、横浜市営地下鉄の3線が乗り入れる湘南台から西へ相鉄線を延伸させ、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの正面など2駅を設け、その周辺が市街化区域に編入されて新たな街づくりが動き出すとの構想である。相鉄線は、従前から鉄道開設の免許を持っていたが、慶應のキャンパス拡張の動きなどと相まって、にわかに現実味が増してきている。
慶應大学は、掲載の航空写真にあるように、既存キャンパス隣接の土地の土地区画整理を終えて、新たなキャンパスの造成に取り掛かる計画となっている。

図


このキャンパスの理念は、欧米のような滞在型教育研究(未来創造塾)の実現である。学生と教員が、時間にとらわれることなく教育し研究する環境の実現を目指すことに加え、その実施方法も、ユニークである。創設者・福沢諭吉の、半教半学の考えに則り、上意下達の教育ではなく、教員も学生も一緒に学び合う。社中協力の考えでOBなども参加し、滞在型なので、周辺のコミュニティも巻き込み、参加を図るキャンパス・タウンの形成を目指すことが既に方針として定められている。

慶應藤沢キャンパスには、総合策学部、環境情報学部、看護医療学部の3学部と政策・メディア研究科、看護医療学科の2大学院学科が設けられており、未来創造塾のカバーするところもそうしたエキスパタイズ(専門性)に関連するが、さらに、地域コミュニティとの連携の観点でも、このエキスパタイズは大いに重用される見込みである。それは、この新駅周辺が、藤沢市の都市計画構想上、「健康の森」と「文化の森」という位置づけを与えられているからである。自然と一体となり、そこに暮らす住民やそこで働く人々が、健康を維持増進しながら文化を高める。そういった姿の具現化が、この新街区開発に課せられた役割である。

図


まさしく、大学連携型の新設・CCRCということになる。この開発は、大量公共交通機関の整備と一体の開発、すなわちTOD(Transit Oriented Development)である点も注目される。このタイプの開発は、阪急電鉄創始者の小林一三の実践以来、いわば日本のお家芸である。慶應未来創造塾周辺は、おそらくは首都圏最後のTODの舞台とも言えよう。この地区は、縮退する都市のCCRC的な新拠点の見本となるだけでなく、しばらくは人口が膨張するアジア諸国の良い生きた見本ともなることが期待されている。

論者なども、藤沢市とも協力し、この地区、そして同市全体が、健康、安全、そして自然や資源・エネルギーなどといった環境的にも健全な、持続可能なまちとなっていくよう、研究を続けることとしている。その進捗も稿を改めて報告しよう。

(2014年7月23日)