小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第29回 2014年8月25日 国際海運は環境ニーズの宝の山

 7月14日から18日まで、フィジーにある南太平洋大学本部で、「第2回・持続可能な海運に関するタラノア会議」が開かれた。ちなみにタラノアとは、南太平洋、特にポリネシアに共通して見られる習慣のようなもので、多数の参加者が自分の関心事項を思い思いの切り口で語り、それを皆で聞くような教育的な機会のことを言うらしい。日本で言えばワイガヤ、寄合といった感じであろう。

 筆者は、日本での環境対策と経済との関係、そして足元にある環境負荷低減のチャンスやそのビジネス化のヒントなど2つのテーマについてお話ししたが、カヌー作り技術の伝承から最先端の再生可能エネルギー利用技術まで、すなわち、文化的なことから技術的ことまでが幅広く語られ、気づきの多い会議であった。

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野放しの海運のCO2、排出量は日本並み?

国際エネルギー機関(IEA)資料などを検索したものの新しいデータがなかったので、2007年時点の話である。この年の海運起源のCO2排出量は世界合計で約8億トン(CO2換算)であって、気候変動枠組み条約の基準年の1990年に比べ、なんと86%増になっていた。その後も大きく伸びているようであり、推計では、2050年では、90年比なんと6倍以上にもなるとされている<国際海事機関(IMO)などによる>。おそらく今頃は、ドイツ一国の排出量を追い抜き、我が国のCO2排出量の12億トン程度に迫っているに違いない。この数値から見るとおり、海運CO2対策は極めて重要だ。しかし公海で排出されるものであり、削減の仕組みづくりは難しい。京都議定書では、国ごとの排出量目標を介した対策の実施が骨組みであり、公海上の海運からの排出は、対象外とされた。

この会議では、フィジーを例にして、海運のエネルギー消費の大きさが紹介された。すなわち、フィジーの全化石燃料輸入量の4分の3が運輸用であり、その内訳の3分の1、すなわち化石燃料消費全体の2割強が海運であった(フィジーでは、風力や潮力などの再生可能エネルギー開発に現地の電力会社が真剣に取り組んでいる)。

開会初日の来賓挨拶では、南太平洋に点在する小島嶼諸国は、外部との交流のほとんどを海運に頼らざるを得ず、その社会経済的な重要性は測りしれないことが強調され、その一方で、これら諸国の生存や生業には、南太平洋の恵みが欠かせず、海運と環境の関係の健全化は喫緊の課題と論じられていた。これが、この会議がフィジーで定期的に開かれている背景であろう。もっともなことである。

国際環境課税への動きも―新規制は2015年から

京都議定書では、国際海運からのCO2削減の政策立案はIMOに委ねられていた。その国際交渉の結果が2011年7月に、海洋汚染防止条約(MARPOL条約)の改正条項としてまとまり、2015年からの新造船については、具体的な基準値をもった規制が始まる。トン・マイル当たりのCO2排出量をそれまでの平均より10%改善した船(400トン以上が対象)のみが海運の用に新たに供され得る。強制力ある規制である上。この基準値は、5年間ごとに強化され、2020年には20%改善(来年から始める規制値から10ポイントの上積み)、25年以降には同30%の改善が義務付けられる。

このほか、既存の船(新造船も含む。)には、省エネ運航の励行も求められる。これは、悪天候の回避、混雑港での待機を回避するような運航速度調整など、種々の方法で、一航海当たりの実燃費を見える化した上で、PDCAサイクルを回して省エネ航海に習熟していく方法である。

これら新造船の性能規制や運航時の省エネで、2050年には、何もしない場合には30億トン(日本の排出量の3倍近く)に達すると推計される国際海運CO2排出量を、約10億トン分(削減率では34%相当)減らせると期待がもたれている。

自動車にすら国際共通排ガス規制がない中、国の単位を超えたこのような国際共通規制や、国際共通の自主行動が具体化されることになったのは、それだけでも画期的であるが、それらに加え、第三の政策手段である経済的政策手段、すなわち、課徴金、あるいは国際課税や船舶排出量取引を導入する案の検討も進んでいる。例えば、外航船舶燃料(国際バンカー油)の購入量に対し、一定量毎に課徴金を掛けることにより、単に性能規制の遵守を超えた高い水準での追加的な排出削減に対するインセンティブを与えるとともに、その収入を、国際的な基金に集約し、その使用先を、例えば、なお一層の船舶低環境負荷化技術の開発や途上国での地球温暖化対策の支援のための原資とする、といった案である。この議論の収束は、2015年末にパリで開かれる気候変動枠組み条約のCOP21における新・国際約束の議論の決着と連動せざるを得ないが、もし議論の収束に成功すれば、国際環境課税といった全く新たな政策が海運分野を嚆矢にして始まることとなる。この意味で、国際海運環境対策からは目が離せない。

船舶の低環境負荷化技術に日本の強み

日本は、実質的な船主という目で見た場合での保有船のトン数シェアでは、ギリシャを押さえて世界1位の海運国であり、また、世界の造船量シェアの約4分の1(国土交通省資料による、2009年実績。韓国、中国に次ぎ3位。なお、最近は中国の造船量が韓国を追い抜いている)を占める造船先進国でもある。

日本の高い技術が活かせる分野がここにもある。今までは対策の難しい分野であったが、先に見たように、強制的な省エネ基準値も適用されるようになる。そうしたこともあって、このMARPOL条約改正にも日本は積極的に臨んできた。

では、どのような船舶省エネ技術が有望なのだろうか。

推進効率のアップは、真正面から取り組む技術である。こうしたものとしては、二重反転プロペラ(スクリュー)の採用(通常に比べ11%の省エネが目標)、船首構造形状の改善などが進められている。船体の摩擦抵抗の低減に向けては、水中の船体を気泡で覆って水の抵抗を減らすもの(通常に比べ約7%の削減が目標)などが研究開発され、ディーゼル機関の燃費改善でも既存のものに比べ数%から10数%の改善が目指されている。新たな推進機関として、帆走のもの(5%程度の省エネに寄与)、電力を併用するものなども開発が進められている。

大きな省エネが期待されるのは、航海技術、操船技術の情報化による改善である。例えば、海流や気象を考慮した最適航路の探索技術でも5%程度の省エネ目標が立てられている。

これらの効果が集中的に投入されれば、日の丸スーパー・エコシップが誕生しよう。国家プロジェクトとして進められており、複数年の官民合計で100億円規模の研究開発投資が見込まれている。

今回、論者が訪れたフィジーでも、島の間を結ぶ民間商用の貨客船に、日本の最新の環境技術を適用するための援助をもらえないか、といった声もあった。日本の政府開発援助(ODA)は、なかなか民間活動の支援には手が回らず、当面は、かつて日本が支援した水産練習船の更新などが考えられているようだが、ボリュームの大きな民間貨物輸送などでこそ「技術力への期待に応えてあげられればなぁ」との感を深くした。

消費者も参加できる海運エコ化

スーパー・エコシップなどと言うと、商機であることは分かるが、所詮は専門家に任せるしかないかな、との印象が生まれるかもしれない。しかし、今回の会議は、さすがに、タラノア。一般人にも海運エコ化に参加できる方法の発表もあった。興味深いものだったので、簡単に紹介しよう。

発表は、ポーツマス大・ビジネススクールのマシュー・アンダーソン講師のもので、フェアトレードに関することであった。フェアトレードは、70カ国、130万人の労働者や農民が参加し、1149の生産者団体が加わる大きなうねりになっているそうだ。欧州などでは、消費者の60%がそうしたスクリーニングをされた商品があることを認知し、フェアトレード商品への通常商品に比べた場合の追加支払いは年間8000万ユーロ(2012年推計、約100億円)に達するそうである。

フェアトレードにいろいろな団体があって、それぞれ特色があるが、共通して、生産に当たる途上国における環境対策や労働者の適正な労働環境整備に尽力するほか、透明性などの確保を図っている。この会議のテーマであった海上運送等に関する公正さの確保に力を入れる団体としては、例えば、マークを示す、ブルー・マイル(下の図)といったものがあるとのことであった。論者としても、なるほどその手があったかと、恐れ入った次第である。バナナのバリュー・チェーンで見ると、総費用の14%がなんと、海上輸送や港湾での取り回し、貿易保険などの物流関係のコストであるそうで、この過程に起因する環境負荷も無視できない重要な側面であることが指摘された。

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論者として興味を引かれたのは、単に消費者パワーに訴えるだけでない工夫も紹介されたことである。このような団体が収益の一部を使って、他の国際政策金融機関や国家の組織などと並んで、低環境負荷の船の建造や購入を低利長期の融資(年利が3~4%で、平均10年償還)で支援していること、さらに生産者から、(輸送側面に限らず)適正な供給をするために必要経費の前払いを求められたら契約価額の最大60%までの前払いを行うのもフェアトレード団体の仕事になっていること、などである。消費者パワーを組織すると、結構な仕事ができる、というのが率直な感想である。

南太平洋に注目!

論者も、改めて、南太平洋諸国の環境的な脆弱性を認識するとともに、同時に、南太平洋でこそ環境の恵みを持続的に得ていく取組みの具体化が強く求められ、またその実現の意義も高いことを感じた次第である。

慶應義塾大学では、南太平洋大学が南太平洋諸国の知的なインフラのハブ拠点になっていることに着目し、例えば、既に同大学が域内各国に張り巡らした衛星利用の情報システム(援助は日本)の問題解決型での活用によって、持続可能な開発の具体化に貢献できるのではないかと考えている。この国際会議の機会に、論者が属する湘南藤沢キャンパスの研究科と同大の間で研究連携の協定を結んだ(そうしたわけで、論者は、右の写真のとおり、主要参加者に贈られる豪華なレイを付けて発言している。ちなみに、着用のアロハは、議題に敬意を払って、様々な船をデザインしたものにした。下の写真)。この夏は、実際に大学院生一人を、数カ月の短期のフィールド研究に派遣した。

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慶應だけでなく、既に三重大学も同大学と協定を結んでいる。国際協力機構(JICA)の専門家も参加し、行類の養殖技術に関する研究開発も行われている。デング熱に著効のある薬草などもあると言われ、そうした土着の知識の発掘などにも日本が役割を果たせそうである。日本人の中には、南太平洋の環境保護的な発展に想いを寄せて、同大学の大学院に留学している者もいる。海を末永く活用する開発は、人類がすべき仕事の中でも大きな部分を占めよう。我が国からの注目がもっと集まって欲しいものである。

(2014年8月25日)