小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
本サイトからの無断転載を固く禁止いたします。

第30回 2014年10月2日 足元にある国際エコビジネス ― 紙のリサイクルから見える地球との関係

 紙は人類の手にした社会的な情報デバイスのうちでも最も古い物の一つであろう。これによって、情報の記録、大量伝達が可能になった。そして紙は、今も便利に使われている。

 紙は便利であるが、森林を伐採して作られ、その製造過程では多くの公害を生み、使用後は、廃棄物の中でも大きな存在となる。世界の森林の乱伐、我が国の田子の浦のヘドロ汚染、紙の舞う往時の廃棄物埋め立て地の写真などを見ると、便利な道具の負の側面を思い起こすことができる。こうした負の側面の克服に長年、力が入れられ、原料の面では、持続可能な経営をした森林からのパルプや古紙の利用、製造過程の公害に対しては、排煙脱硫装置や水質汚濁の処理施設が設けられた。ゴミからは、紙が分別されて回収され、古紙としてリサイクルに回されるようになった。我が国を含め先進国では紙の使用に伴う環境問題はなくなったかに見える。しかし、紙を、もっと地球環境と仲良いものにすることはなお可能だと論者は思う。今回は、この古紙のリサイクルに伴う現下の課題を取り上げ、紙の消費者が、課題の克服に向けた更なる歩みに参画できることを訴えてみたい。

衰退する紙需要――リサイクルの位置と意義

 紙の需要は、中国など新興国では伸びているが、日本のような先進国では、他の電子的な情報貯蔵・伝達媒体へと座を譲りつつあり、需要減が続いている。図1は、紙の原料投入量の内訳から見た我が国での紙類の製造量の推移である。まず総量について見ると、図中の折れ線上の数字の合計であるが、2001年以降のピークは2007年の約3150万トンであったのが、13年には、16%程度減少して、2650万トンにまで減っている。紙製造に占める古紙投入割合は着実に増えており、2001年の古紙投入割合が約58%であったのが、13年には、6%ポイント増えて、64%に増加している。

図

この古紙の利用拡大に伴うメリットはいろいろある。エネルギー消費とも連動するし、それとともに、最大の環境問題である地球温暖化の観点で見ると、二酸化炭素(CO2)が、古紙利用に伴って排出されにくくなる、というのが大きな効果である。

新品の木材から機械パルプを製造する際のCO2排出量は、日本製紙連合会の資料によると、パルプ1トン当たりCO2約1300kgである。古紙を脱墨せずに溶解しパルプ化する離解パルプでは100kg以下、脱墨をしても300~400kgにとどまる。

もちろん、木質繊維資源を繰り返し使うことによる、新品パルプの節約、ひいては、森林資源の温存にもつながることは言うまでもない。このように、紙の生産と使用に伴う環境負荷が全体として、先進国では小さなものになってきていることに加え、古紙の利用が環境への負荷をさらに一段と引き下げている。

図

日本は「もったいない」を合言葉に、各種の資源の循環利用を進めている。紙について見ると、国によって定義はまちまちであって比較は難しいが、例えば紙の生産量に対する古紙の回収量の比率は、環境優等生ドイツの77.6%をやや上回る78%であり、生産量に対して、生産で利用された古紙の割合で見ると、逆にドイツの71.6%に少し離された形でやや劣る64.3%となっている(日本製紙産業連合会「製紙産業の現状」による。数値は2012年)。ちなみに、世界平均は、回収割合も使用割合も57.4%である由で、我が国も、ドイツと並ぶ優等生と言えよう。

古紙リサイクルは決して容易ではない

では、紙のリサイクルは順風満帆なのだろうか。実はいろいろな問題が指摘されている。

一つの紙が何回もリサイクルされると繊維が傷んでしまい、紙の品質が落ちてしまうことが挙げられる。それは、繊維の襞がすり減って繊維同士が絡み合いにくくなったり、繊維がもろくなったりして、紙の強度が保てなくなっていくからである。

論者が環境省の局長を務めていた時に勃発したのが、なんと古紙偽装、という問題であった。それは2008年の正月、官製年賀はがきの再生紙というジャンルのものに、ほとんど古紙繊維が混じっていないことが報道された。環境省で業界各社を呼び出して調査をさせたところ、1週間後には、大部分の会社が古紙をほとんど配合していない紙を再生紙と偽って販売していたことを認めた。年賀状にわざわざ再生紙が使われるなど、2008年とは、既に、リサイクルが尊ばれていた時代である。再生紙とは、したがって、品質不良な紙の類ではなく、優良品の名前になっている。その優良を偽装して、実は新品のパルプを使って作られ、実際に大いに優れた製品が売られていたのである。

なぜ、そんなことが起きたのか、そして再発防止はどうしたらよいのか、環境省では外部の専門家による検討会を設けて対応を進めた。その結果分かったことは、原料の古紙が十分に入手できず(と主張した製紙メーカーは10社)、他方で、古紙を多量に混入させた場合の高い品質の製品を製造できる技術がない、という事情もあった(11社)ようである。もっともここでいう品質とは、紙の強度以外の、白色度の落ちといった狭い意味での品質には当たらないことも含まれてはいた。

しかし、製造できもしないことを、よくも製造できると称していたものだと思われるが、この点に関しては、営業部隊が、勝手に品質はそのうち向上すると思い(4社)、他社ができるとする物を当社ができないとは言えない、として(4社)、漫然と受注を重ねていたのであった。製紙とは装置産業であって、抄紙機を稼働率よく回してこそ利益が確保できるのであって、結果は、受注量の競争になっていたのであった。

このようなことを踏まえ、再発防止策が練られた。メーカーの内部監査はもちろん、製品を購入する側の企業による生産現場のチェック、品質や原料の保証の仕組みの導入、抜き取り検査などである。さらに、古紙からインキを抜く脱墨技術の改善も図られた。そうして、古紙の混入割合が高い紙も信頼できる形で安定して生産されるようになった。

しかし、技術や管理体制がしっかりしても、リサイクルの繰り返しによる紙の強度の劣化がなくなるわけではなく、むしろそうした問題が顕在化することになっていく。

そこで、環境省では、ただ古紙配合割合が高ければ程度の高い再生紙としていた従来のグリーン調達基準を、諸問題をバランスよく解決することに資する内容の基準に改定することとした。論者が担当局長であった時であるが、グリーン調達基準の2009年度の改定において、改定の対象の一つにコピー用紙を取り上げた。かねて検討を進めてきた専門家による検討会の意見を汲んで、様々な指標に配慮して多様な問題に対し総合的に全体として良い対応ができると期待される基準を設けることにした。それは、各側面での点数を合計して優劣を測る形の基準である。具体的には、品質問題には、新品のパルプの配合を30%程度であれば積極的に評価することによって応えることとしたのである。しかし、新品のパルプの使用を無限定に認めたのでは、かつての乱伐時代に戻りかねない。そこで、持続可能な経営がなされていることの認証を受けている森林から生産されたパルプや、間伐材であることがはっきりしている材から生産されたパルプなどに限り、それらが30%程度配合されることは認めることとした。他方で、リサイクルを進める上でも古紙配合率は70%程度を確保することで高得点が得られる計算式にした(なお段ボール用紙など100%再生紙で作られるものがあり、コピー用紙の古紙配合割合を70%にしても、紙のリサイクル全体を後退させるわけではない)。

さらに、白色度を無理に高めようとすると、古紙利用が困難になるほか、製造過程のエネルギー消費が増える。このため、白色度は低いことで点数が上がる形で、前述の原料で決まる点数に加点することとした。

このように、何が優良なのか基準をより良い形に改めることによって、世の中全体の行動がより優れたものになるよう誘導しよう、と基準が作られたのである。その後、この基準の下、図1に見るように、社会全体としての古紙リサイクルはなお一層進んで行った。

最近、論者は、古紙を使った製紙の現場をいくつか見学する機会を得たが、その時に強く印象付けられたことは、古紙を中心としたパルプ液が作られるときに、現場の技術者は、いろいろな経路で搬入されてきた古紙やパルプの様子などを勘案して、良い製品が得られるように、原料のミックスを調節していることであった。もう一歩進んで思ったことは、そうなると、古紙のリサイクルを最初に行う場所で、いかに丁寧に古紙などの種類を分別し、リサイクルに出すことが重要だということである。私たち消費者の日常行動が、実は、リサイクルの質を決め、そして、リサイクルの可能性を決めているのである。

消えるリサイクル――強含みの古紙市場、消費者から回収増の好機に

私たちは、リサイクルの質の向上を通じてリサイクルの普及に役割を果たせることは、今見たとおりである。では、量的な側面ではどうだろうか。

先ほど紹介した、紙の製造量に対する古紙回収量の割合と、古紙使用量の割合とには我が国の場合、14~15%ポイントの開きがあったのを思い起こしてほしい。回収はされるが、製造には使用されない古紙が、なんと2割弱もある。なぜだろうか。同じような開きはお隣の中国にもあり、その開きは逆方向だ。回収量より製造に投入される古紙の方がはるかに多い。簡単に言えば、我が国の古紙は中国等に輸出されている。例えば、我が国から中国への古紙輸出量は2013年には150万トン強(全古紙輸出量の31%が中国向け)であり、他方、我が国の全輸入量は3万トン程度に過ぎない。

今や、古紙は、国際商品なのである。そして、輸出超過になっているのは、我が国の古紙の品質がよく(分別が良く、と言った方がよいかもしれない)、かつ最近の円安の結果、外貨換算の国際価格では割安になっている。国内古紙市況は、同年の回収量約2200万トンに対し、輸出はその22%の約490万トンに達し、外需の影響は大きい。例えば人民元建てでは廉価でも、国内の円貨では、円安前と同様の高い値段で買い付けが行われる。こうしたため、輸出がしやすい市況になっている。困るのは、国内で古紙を配合して再生紙を製造するメーカーである。円安が直撃する輸入パルプではなく、国内産の原料である古紙が、国際化のお蔭で価格が高止まりし、生産量自体は減る中、ますますマージンが少なくなる、といった様子が生じていると言えよう。

もちろん、誰が使うのであれ、折角の資源を有効に、そして大きな付加価値を生む方向で使っていただくのは良いことである。

国内には、実は、回収されていないでおそらくは焼却されてしまう紙が、製造量の約2割相当の530万トンほどあると推計されている(古紙再生促進センターの2013年についての推計)。輸出量よりなお多い。私たち消費者は、国際商品となった古紙を丁寧に分別し、品質よく多量に、それゆえ安価に生産することによって、国内外のリサイクルをもっと大きく進める好機にあるとも言えよう。

古紙ひとつでも、足元が地球の環境につながっていることを実感できる。円安・国際商品価格高止まりの時期には、大いに、良質古紙の生産に励み、地球の環境を守っていこうではないか。

(2014年10月2日)