小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第32回 2014年11月26日 地球温暖化が作り出す新ニーズの勃興

 11月19日、東京・有楽町マリオンで国際シンポジウム「気候変動時代の競争力 リスク対応×成長への布石」が開かれた。主催は、J-CLP(当センターが後援)。まだ聞き慣れない名前であろう。ジャパン・クライメイト・リーダーズ・パートナーシップの略で、地球温暖化問題に対してビジネスの中で先駆的に取り組む覚悟を固め、実践している日本企業の連携組織である。会長としての采配は、環境経営で鳴らしたリコーの元会長・現特別顧問の桜井正光氏が振るっている。このシンポでは、論者も、パネルディスカッションの一つのセッションのファシリテーターを務めたし、岩田一政理事長もパネリストとして登壇した。そこで感じたことを報告しよう。

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現実化しつつある巨大リスク――温暖化を無視するビジネスの終焉

まず、米国で産業界にアドバイスをしている「リスキー・ビジネス」の統括責任者のケイト・ゴードン氏が、温暖化が経済活動にもたらすリスクの情報を説明した。リスキー・ビジネスという活動は、政策を左右しようというロビーイングではない。専ら産業界に、異常気象によって米国が直面する経済上のリスクに絞り、情報提供する活動だ。リーマン・ショックをしのいだ伝説の投資家トム・ステイヤーが音頭を取り、ポールソン元財務長官、ブルームバーグ元ニューヨーク市長などが中心人物となっている。さらにルービン元財務長官ンやシュルツ元国務長官など、超党派の有力者が多数参画する。

この活動の特色は、リスクに備えることがビジネスの要諦である以上、リスク情報を明らかにすれば「産業界こそが適切な行動を起こす主体になるはずだ」という確信にある。
極力、客観的・定量的に、そして各種の市場現象であきらかになってきたテール・リスク(発生する確率は非常に低いが、一度起きたら大変な影響や被害が生じる危険。例えば福島第1原発事故やリーマン・ショックによる世界金融危機)の存在を直視してリスクを示すことも大きな特色である。

シンポジウムでの発表によれば、海面上昇のリスクでは、2050年までの平均的な確率で海面下になる資産の現在価値はニューヨーク州において70億ドル(中央値)だが、100分の1の確率で生起するリスクでは190億ドルに達するという。さらに2100年には前者の中央値で200億ドル、100分の1確率では530億ドルもの被害額になると推計する。また今日の発電技術や電力利用技術の下では、今後の気温上昇に伴って2040年までに、950億ワット(日本の電力会社の発電能力は2334億ワット)の新規発電設備が必要になり、冷房用電力を使う家庭や商業施設への負担増は年間120億ドルになる見込みだそうだ。

ゴードン氏は、このような明確な危険を放置する愚をたびたび戒め「私たちは、環境保護か経済の保護か、という選択に迫られているのではなく、環境を守ることで経済を守るか、それとも環境破壊を許して経済的大混乱を招くか、という選択肢に直面しているのである」というルービン元財務長官の言葉で発表を締めくくった。

14兆ドルの温暖化防止市場「誕生」の機会

このシンポジウムは単に、警鐘を鳴らすためだけのものではなかった。ゴードン氏に続いてマッキンゼーの現役ディレクター、ジェレミー・オッペンハイム氏からの発表がなされ、温暖化という大変に困った問題への対処が膨大な市場を生み出すという試算を示した。

同氏は「ニュー・クライメイト・エコノミー」というプロジェクトの統括責任者を務める。このプロジェクトは、英国、韓国、スウェーデンなど7カ国がスポンサーになり、各国合計8つの研究機関が参加して進められてきた。アドバイザーには、メキシコ元大統領フェリーペ・カルデロン氏、英国のニコラス・スターン卿、カーネマンやスペンスといったノーベル経済学賞受賞者らが就任している。

その分析結果によれば、今後15年間に、世界経済は特に東アジアを中心に大きく成長し、構造も大きく変化する、という。温暖化問題への対処のための追加的な投資額は、2015年からの15年間の累計で、建築物・輸送などの主に都市の省エネ対策で9兆ドル(以下、2010年時点の米ドル)、低炭素な発電設備の導入で5兆ドルになると見込まれる(温暖化対応を除く、この期間の投資額は90兆ドルと想定され、約1割相当の市場拡大を意味する)。一方、これらの投資で化石燃料や旧来設備へ投じられるランニングコストや維持管理費などは14兆ドル以上の削減ができ、投資は十分に負担可能だが、新規分野へ資金を思い切って振り替えることが必要であると指摘した。投資の中心は、都市を中心としたインフラで、この15年間で都市人口が10億人も増加すると見込まれるなど、都市の膨張が引き続き進んでいくからである。

オッペンハイム氏は、日本の産業界が世界市場の拡大に劣後して相対的に地位が低下していることをLED、リチウムイオン蓄電池などの例を引きつつ説明し、ビジネス上も日本は危機に直面していると訴えた。一方で都市を中心に流通・交通、エネルギーの新システムを実装していくという分野は、日本こそが特に得意とする分野であって、日本企業にも大きなビジネスチャンスを提供するものであることを力説した。

見えてきた日本の弱み――既存のビジネスモデルに固執

以上のような二つの基調講演・問題提起を受け、日本の企業経営者を主な登壇者にしたパネルディスカッションが行われた。

最初のパネルは、日本の企業が果たして本当にリスクに向き合っているのか、という点に焦点を当てて行われた。ファシリテーターは、英ケンブリッジ大学のニコレット・バートレット女史。このセッションでは、これから先もあたかも順調な発展が続くかのごとく錯覚させるBaUケース(トレンドを延長した、なりゆきケースで社会的費用の顕在化などはまったく視野に入れない)をレファレンスすることの無意味さが強調された。他方、お膝元の英国では、政界には対立が見られるものの、産業界にはむしろ対立がなく、リスクに謙虚に向かい合う姿勢がどんどんと強くなっているという。日本における、リスク情報の分かりやすい提供に向けた、「日本版リスキー・ビジネス活動」の展開を望みたい、という方向の意見が多く出された。

次のパネル・セッションでは、論者がファシリテーターを務めた。このセッションでは、オッペンハイム氏にも登壇いただいて、温暖化ビジネスのチャンスを、どうしたら日本企業も掴めるか、に焦点を当てて議論を行った。

日本の強みは、日本の産業界に織り込まれたきめ細かな企業連携のエコシステムと調整力ではないかとの意見が多く出され、また、技術的な面では、農業にもICTを組み込むなどの現場重視で仕事先現場での問題解決力、いわゆる現場力が高い、とも指摘された。実際、岩田理事長が指摘したように、福島第1原発事故と近時の円安・燃料価格の高騰などを受け、産業界でも相当に省エネが進んだ(図参照)。

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他方で弱みは、既存の商売に固執、安住してリスクを等閑視していること、問題を捉えたにしろ総花的な対応をして小づくりに収めてしまうきらいがあること、など企業が保守的に過ぎることが指摘された。オッペンハイム氏は、このままでは、温暖化ビジネスと言う勝ち馬にも乗れず、ようやく乗っても、小づくり過ぎてみすみす勝機を逸してかえって負け越す可能性もあることを指摘した。商売に乗り出すなら、世界の最先端を大規模に実装するような思い切った取り組みが必要であることを強調した。

これらセッションを通じて筆者が感じたことがある。

それは、元々、環境が本当に希少価値になれば、環境政策当局がどんなに無能であっても、企業は商機を見つけ、市場が環境の価値を提供したり回復したりしてくれよう、と論者は思っていたが、大変に残念なことに、そうした、環境が希少になってしまうクリティカルな点に、どうも世界は差し掛かってきたようだ、ということである。日本に居ると、「京都議定書は日本にとって不平等だったから返上するんだ」といった世界経営の気概もない狭い料簡が跋扈しているが、日本が居る井戸の外の世界では、もう市場が我慢できないほどの危険が見えてきている、ということではないだろうか。

他方、程ほどに利益を稼げ、既得権者にとって特に居心地の良い日本市場を改革し、こうした荒波にもまれる世界市場でも勝ち馬になれる企業をどのように育成していくかについては、もちろん企業本来のリスク・テイク、リスク・ハンドリング能力の目覚めに期待するのであるが、同時に消費者、お客のサポートも重要だと感じた。

パネリストの富士通・竹野実環境本部長は、「2030年、2050年の世界における自社の望ましい姿を示すことは株主への大きなコミットメントである」と述べていたのが印象的であった。J-CLPの桜井会長も、「企業が頑張れるのも、それを評価して下さる消費者がいらっしゃってのことである」と強調していた。消費者が評論家であってはならない。既得権にしがみつく業界官僚的な人々はもう相手にせず、消費者こそが、こうしたJ-CLPに参集する改革派の企業を応援しようではないか。

(2014年11月26日)