小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第35回 2015年3月27日 消費者の意識・行動―持続可能な開発に欠かせぬ「社会資本」

民間の収益的な事業の環境性能向上を後押し 

 国連での外交交渉を通じ、もうすぐ、「持続可能な開発目標」(英語ではSustainable Development Goals )が決められる。この目標は、かつて決められた開発目標、例えばミレニアム・ディベロップメント・ゴール(MDG)などの特に途上国の経済的な側面にスティックしたものではなく、先進国にも途上国にも意味があるような中身になることを標榜している。経済面以外の社会的な側面や人間と環境との関係にまで視野を広げた人類の包括的な目標なのである。

 地球の人類社会を統治する仕掛けは、まだまだ国家に頼ってはいるが、発達してきた国家間の助け合いの仕組み(例えば世界銀行など)は、この持続可能な開発目標をレファレンスに今後運用されていく。だから重要な意義がある。

 この目標は、世界規模で見ると「開発が大事」という長年権勢を誇ったグループと新興の環境グループとのせめぎ合いの中で形作られてきた。日本はこの目標づくりに、お家芸の「人間の安全保障」の観点から意見を言うなど国際社会の行く末を広い文脈から考えることにそれなりに貢献している。優れた目標の完成を期待したい。

 ところで、目標づくりももちろん大事だけれども、目標は行動を引っ張ることにこそ意味があって、行動こそが一層重要である。そして行動と言えば、資金的な裏打ち・下支えが、その促進のためのやはり一番の鍵となろう。そうした視点に立ち、論者の属する慶應義塾大学では、国の研究費(SDGsの目標自体を研究し提案することを主課題とする環境研究総合推進費・課題S-11「持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的な研究」のうち、その中のサブ課題「持続可能な開発のガバナンス」)を与えられて新世代の持続可能な開発の資金的サポートを研究している。

 論者自身は、持続可能な開発を具体化しようとなれば、環境目的のみを持つ専ら公益的な事業を盛んにすれば達成できるといったものではなく、およそ広い範囲の民間事業の公益側面がそれなりに改善されていく条件が整わないと実現できないと思っている。簡単に言えばありとあらゆるビジネスが公益を部分的に担うことになる。こうした場合の困難は何か?特に資金面にはどんな問題を生じるのか、それらに伴ってファイナンスをどう変えなければならないのか、各所でヒアリングを行っている。今回は、ベトナムでの古紙再生事業、そして節水事業を訪れた。節水事業については本欄で触れたことがあるので割愛し、ここでは古紙の話を紹介しよう。

途上国で古紙をトイレットペーパーに再生――その意味は?

 まず訪れたのは、我が国が本拠のコアレックスグループの現地法人JPコアレックス・ベトナムの工場である。ここでは、古紙100%のトイレットペーパーを年間2万5000トン製造している。製造設備や汚水処理設備は日本と全く同様で、稼働して約5年の新鋭工場である。国内同様に、工場内は清潔に片づけられていた(写真1参照)。

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さて、日本にあっては、古紙を原料としてトイレットペーパーを製造し、そうした再生トイレットペーパーを家や事務所で使うことには広範なコンセンサスがある。トイレットペーパーは紙としての最終の用途であって、バージンパルプの最初の用途がトイレットペーパーでは「もったいない」と誰もが考えている。再生トイレットペーパーは、バージンパルプから製造したものよりも白色度は落ちるかもしれないが、十分柔らかくフワフワに作ることができ、使い心地に大差はない。さらには水にも溶けやすく、節水型のトイレとも相性が良い。こうしたわけで、日本では、古紙を原料としたトイレットペーパーは、ブランドにもなっている。コアレックスグループは、日本では圧倒的な技術力、古紙資源の収集力を誇り、高い価格競争力そして高収益性を有している。

そうであるので、論者はベトナムでの再生トイレットペーパー製造も成功しているものと決めてかかっていた。しかし、どうやら必ずしもそうではないようである。

JPコアレックス・ベトナムの製品は、残念ながらベトナムの国内需要に対応するものというわけではまだない。輸出が主な販路であった。ベトナムの水洗化は徐々には進んでいるものの、上下水道のインフラが十分ではない。また家屋の改造に十分な資金を皆が割けるほどには豊かでもない。工場は最初、現地資本がメインの企業の工場であり、コアレックスグループは製造設備を納入した縁で出資をしていただけだった。しかし現地資本の企業の資金繰りが厳しくなり、コアレックスグループが直接経営することとした経緯がある。もちろん内需にも対処しているが、ほとんどは外需であり、コアレックスグループが経営することとなった後は、コアレックスグループの背後に構える日本紙パルプ商事の国際営業力も加わり、経営は軌道に乗り始めたが、トイレットペーパーの国際市場は、中国企業の過大生産能力を背景に乱戦模様になり、昨年後半からは苦戦を強いられている。
再生トイレットペーパーという、いわばCSVビジネス(公益と企業の利益とを同時達成するようなビジネス。CSVはCreating Shared Valueの略)の典型でも、途上国では苦戦している。理由は内需不足である。

途上国国内で古紙資源は供給できる?

需要先の問題は別に置くとして、古紙資源の供給源には不安はないのだろうか。

これについては、論者は驚いた。なんと、トイレットペーパーの国際市場があるように、古紙も国際商品であり、価格は国際的に裁定されている。その結果、ベトナムでの市中や工場からの古紙の回収は、ビジネスとして成り立っている。言い換えれば、国際商品でない国内資源の価格などと比べ、古紙価格は想定的には十分に良い値段なので、人手も割ける状態になっていた。

JPコアレックス・ベトナムの手配で、論者らは、同社の工場に古紙を納める現地の古紙問屋の古紙集荷・選別場を訪問した。この選別場は1000立方メートル3と広く、およそ2階建てに相当する高さの空間の中にぎっしりと古紙が積まれていた。それを10人以上の人が、手選別でより分け、足踏みで圧縮してビニールコードで結束していた(写真2参照)。働いている人々の身なりは整っており、職場の環境も劣悪ではない。ただし、市中からの古紙回収作業自体は容易ではないようだ。ハノイ市内のトラック走行規制などがあったり、様々な商権がからんだりして、まだまだ、我が国のような近代的な廃棄物収集運搬業の出番ではないようであった。古紙流通の国際化に伴ってベトナムのリサイクル活動が商業的に活性化していることは、論者には驚きであった。

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再生トイレットペーパーという経済社会の持続可能性を高めることに直接役立つビジネスの場合、途上国で持続可能になるための要件は、再生トイレットペーパーに対する内需創出であり、そのための現地国民の認知の向上、支持の獲得にある。

途上国の消費者、環境意識の強化が必要―日本も改善余地

それではと、論者らは現地のスーパーマーケットを訪問した。日本にあったとしても大規模なスーパーであったが、びっくりしたのは、トイレットペーパー売り場の大きさであった。そこには、様々なブランドが並んでおり、いずれも、日本よりも巻きがゆるく、ロール径も小さな、かわいらしく真っ白なロールが、6個からせいぜい1ダース程度の小容量で包装されて所狭しと並んでいた(写真3参照)。

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案内してくれたJPコアレックス・ベトナムの社員の方から聞くと「売り場に置く商品の仕入に当たり、地縁や口利きといった要素が離れず、消費者の選好の“まな板”に載せてもらうにも一苦労も二苦労もある」とのことであった。テレビ広告を打ったこともあったが、いかんせん、置いてある商店が少なく、効果は乏しかったともいう。需要側の改革には、単なる環境教育だけでなく、流通の近代化も必要だろう。

もっとも環境性能の良い商品の市場参入が流通の近代化を促す面もあって、需要側の改革の過程が難しいものと決めて掛かる必要もない。良く言えば、前途洋々、環境や経済、そして社会に係わる様々な価値が実現される余地があるのである。

ただベトナムで一番強く感じたのは、我が国では、古紙を捨てずに分別して、回収に出し、そして、再生トイレットペーパーやコピー用紙として生まれ変わって戻ってきたものを進んで買い、使うのが当たり前になっていることである。この空気のようになっている無形の社会資本(ソーシャル・キャピタル)があってこそ、環境ビジネスが成立する。迂遠のようであるが、消費者に、日常の行動と環境とのつながりを理解してもらうようにすること、そして質の高い環境を享受することが消費者の利益になることを体感してもらうこと、などは本当に重要な活動と思われた。

こうした考えに立って、本稿「小林光のエコ買いな!?」は足掛け4年ほぼ毎月執筆させていただいた。ところで、論者は、大学の方でも65歳の定年を迎え、正規教授は退職し、4月からは大学院のみの特任教授になる。軌を一にして日本経済研究センターの研究顧問から、より自由に活動できる特任研究員に身分を替える。そこで、「エコ買いな!?」もこれを気に不定期の掲載とすることにした。コラムを閉じることも考えたが、そうしなかった背景には「環境的なソーシャルキャピタルは日本でもまだまだ豊かにならなければいけない」という思いがあったからだ。一例を申し上げよう、JPコアレックス・ベトナムに聞いたところでは、同社は日本からの古紙資源も輸入しているが、その品質管理は、ベトナムの方がはるかに丁寧なのだそうである。同社のラインは、日本からの輸入古紙に混入していた金属くずによって、排水系統が目詰まりして立ち往生に追い込まれたことがあるそうだ。日本の消費者の環境エンパワーメントも、残念なことにまだ必要なのである。

(2015年3月27日)