小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第36回 2015年6月30日 膾(なます)を吹いて、どうする?
-温暖化対策の目標、経済の新たな発展に活かせない日本
-残されたチャンスは2つ

日本政府は、2020年以降の地球温暖化対策に関する約束草案の原案を去る6月3日に公表した。2030年の国内温暖化ガス排出量を2013年比で26%削減する、との内容である。約束が確定するのは本年末であるので、少し先回りが過ぎようが、本論考では、この約束草案の作られ方や、実際の内容から見た場合に、これが日本にとってどのような意義があるのかを考えてみた。また、意義をこれから高めていくためのアイデアについても提案してみた。国際交渉はまだ5カ月を残している。その過程では、交渉の背後に控える国内のステークホルダーに対し改めて意見を求められる機会も多かろう。そうした時に少しでも参考になればと思う次第である。

各国に求められているもの――温暖化防止の行動を継続的に向上させていく取組み

 まず入り口として、現段階において今回の国際交渉で各国は何が期待されていたかを整理しておこう。

 気候変動枠組条約の第21回締約国会議(COP21)は本年12月初旬、パリ郊外で開催される。この際に、2020年以降に世界全体で、すなわち先進国も新興国や途上国もこぞって進めることとなる地球温暖化対策に関し、その国際ルールが、何らかの形式の法的約束として採択されることが望まれている。ところで、この国際ルールでの、各国の目標に当たるものは“Intended Nationally Determined Contribution”(各国が自主的に決定する約束草案)、略してINDCと呼ばれる概念だ。

 その理念や法的性格は、京都議定書上の各国の目標とは相当に異なる。今回の約束が途上国をもカバーするものであるため、削減などの義務付けではなく、地球環境に対してよいことをする「自主的貢献度合い」との意味合いから、この言葉が選ばれた。そこには様々な環境行動が含まれ得る。途上国では、排出量の絶対値の目標を設けるのではなく、例えばGDP当たりの温暖化ガス排出量の割合を下げる、あるいはもっと下位のアウトプット的目標を選んで行動することも、この「貢献度合い」に含まれる。また、Cという同じ頭文字のCommitment、「約束」といった言葉が選ばれなかったことから分かるように、「貢献度合い」は、法的な拘束力が直接に及ぶ意味での国際約束の一部をなすものではなくなろう。

 では、どんな約束なのだろうか。ある時点での排出量といったスタティック(静的)な目標を実現する仕組みではなく、パリの新約束は「地球の気候系を守る諸国が、行動を継続的に向上させていく取組みに係る約束」と見るのが正解である。環境行動が進化していく国際的な仕掛けづくりが、今回のパリでの結論の肝なのである。

 その文脈の下で、各国には、2020年以降何をする気であるのか、特に排出量ベースではどう行動するのかが問われ、20年以降、こうした各国の取組みを継続して強化する国際約束の仕組み、それを裏付ける条文に関するアイデア出しが求められていた。こうした中で、やや遅れて登場したのが、日本の26%削減目標であり、そもそもの気候変動枠組条約上の参照年である1990年比で先進国間の努力の程度を仮に比較するとすれば、欧州諸国に比べ野心が不足する、と評されたものである。

目先の経済利益に劣後した環境への取組み――日本は目標作成過程で限界を露呈

 26%削減目標を「日本政府の約束草案」と表現することは、「固有名詞」と思えば、差し支えはないが、既述したように、国際法上、国内排出量自体は狭義の意味での約束にはおそらくならない。誤解を避けるため、以下では日本版INDCと呼ぶ。同案が公表されるまでの検討過程に着目してみたい。

 新聞報道などで漏れてくる政府部内の議論、大口排出者である産業界やその擁護の役割を果たす研究機関などの発信を踏まえると、論者は、相変わらずの経済優先と言わざるを得ない、と感じた。ここで言う経済優先とは「本当に経済を大切に考えた」という意味ではなく、「経済的な既得権の維持優先」という意味だ。あるいは目先の利益確保、と言ってもよいだろう。

 例えば、報道によれば、電力料金の引き上げ回避が、排出量予測の前提となる電源ミックス選択の前提条件となったと言われる。地球温暖化対策の実施に伴う「費用」を、将来におけるGDPのBaU(成り行き)ケースに比べた成長率の低下で測る、という従来からの考えも維持された。特にBaUケースであるが、特定の産業の生産量などを所与とし、政策の外の「聖域」として扱うことなども、京都議定書の作成過程の検討と同様であったようだ。

 これらの含意は、地球温暖化を一定限度内にとどめるために国内で取られる行動、すなわち省エネの取組みや再生可能エネルギーの利用の拡大は、既存の経済に極力影響を与えないで欲しい、ということである。

既存産業にこだわる日本 vs 新たな経済社会への移行を目指すフランス

 「既存の経済へ影響させない」という考えは、望ましい経済へ移行する適切な方法であるのか。論者は、省エネなどの環境取組みが反経済的でないことを述べたい。

 一例を挙げよう。1990年代に日本の化石燃料輸入金額は5‐8兆円であった。今日では30兆円弱に膨らんでいる(図)。輸出や海外投資で得た資金が化石燃料代に消えている。背景には、化石燃料価格の高騰、原発停止に伴う輸入量の増加、円安といった要因はあるが、もったいない話である。燃料代とは、支払うことが目的ではない。座して眺めるのではなく、仮にこの資金を省エネに振り向けたらどうであろうか、あるいは国内の再生可能エネルギーに投じたら?

 当然ながら、産油国への支払いよりは、国内に投じる資金の方が、乗数効果が高く、国内需要を誘発する。ネガティブ・キャッシュフローをポジティブに換えていくことができれば、一石二鳥である。

図


公害対策設備・機器の内生などを通じて環境対策によるプラスのマクロ経済効果が生まれたことは、我が国の高度成長期にも観測された。今日、実際にこのようなことを考えているのが、COP21の議長国のフランスである。

フランスは今、国会で「エネルギーの移行に関する法律案」を審議している。それは、「炭素バジェット」(温暖化防止実現に許容される排出総量)を採用して複数年間の排出量の合計に枠をはめるものだ。2030年、2050年といったタイムスケールでEU目標に沿った省エネ、創エネを積極的に進める新たな仕組みや事業を導入する。それによって、付加価値が大きく、レジリアント(強くしなやか)で、豊かな生活を保障する経済社会に移行する、という政策だ。日本とはいわば180度視点が異なった考えを実現する法案だ。

論者は、ここ2カ月に2回ほど渡仏し、その取組みの実態を拝見してきた。条文自体は大変に膨大なものであって、既存の行政手続きに関する数多くの改革などを収め、またカバーする範囲も、都市、交通、3R(ゴミの減少、再使用、リサイクル)などの資源循環、生物多様性への取組みにまで及び、極めて広いことに驚いた。さらに、その考えを即地的に適用するモデル的な事業や国民による一日一善的な身近な取組みも既に始まっている。フランスは、原子力依存が高いがゆえに、国民一人当たりの温暖化ガスの排出量が相当に低い国である。しかし原子力依存を敢えて大幅に低める一方、身近な再生可能エネルギー利用や省エネを進めるという選択肢を選んだ。民主主義の発祥国であるが、環境共生経済主義といった新しい社会原理も産み出しそうな気迫を感じることができた。

我が国もそこに学ぶべきことは多かろう。我が国もエネルギー政策に関し、経済発展、安定供給、環境、安全(3E+S)の高次達成を目標にする、との境地にまでは既に達している。その運用の差が彼我の差であろう。どのような経済を作りたいかを考え、必要な種類のエネルギーを動員する、その動員がまた新しい経済を作る、といったダイナミックな構想力が我が国の行政官や企業リーダーには問われている。そうでないと、過去に成功したビジネスの火を絶やさないことだけが政策になる。それでは、日本丸は沈没しよう。

まずは省エネ・創エネのロケットスタートを

論者は、少なくとも技術的観点では、もう少し強い目標づくりも可能であったと思う。日本政府としての検討作業は、括目、新機軸と言えるほどの結果を今の所生んでいない。日本にはもう希望がないか?環境対策を巡って活気に沸き立つ欧州市場を横目にすると心配になってしまう。

弱いと言われる日本版INDCではあるが、将来への希望の視点からは、論者としては2点に注目している。

その1つが、日本政府がエネルギー基本計画に基づいて決定した電源ミックスのうちの石炭火力発電のシェアと再生可能エネルギーシェアの早期実現である。既に報道されているように、今回のINDCの背景にある電源ミックス上の石炭火力のシェアは、現存の石炭火力のシェアを上回る。仮に新規の効率の良い石炭火力発電所の新設を認めるなら、同時に、既存の効率に劣る石炭火力の廃止など大鉈を揮える強力なエネルギー環境政策の仕組みを整備し、実行される必要がある。

再エネのシェアも、目標とするには低いと言われるが現状よりも高いことは確かである。その早期実現に知恵を絞る必要があろう。原子力のシェアについては、大方の見方が「高過ぎて実現困難」ということであるから、再エネに期待されるシェアの早期達成はまさに必須であろう。さらに排出量計算の前提になるエネルギー需要予測が過小で「そのような省エネはできない」という産業界側の研究機関の声もあるので、省エネ政策にも抜本的な強化が必要だ。
これらエネルギー政策の進め方に関する枢要な点に関しては、当センターの同僚である鈴木達治郎氏の論考「長期ビジョンで低炭素社会への構造改革を」を参照されたいが、弱い目標でも(幸い実現可能性は精査したのであろうから)本当に、しかも早く実現することが世の中に強いインパクトを与え、良い方向への変化を円滑、迅速、自律的なものにする効果が期待できる。

前述した渡仏時には、議長国フランスから見た日本版INDCの評価を質してみた。答えには、「目標は低いとは思うが詳しく分析していない」といった、肩透かし、いわば、日本軽視ないしジャパン・パッシング的な反応が多く、真顔で論難するような反発がなかった。日本の地位低下を嫌でも実感させられた。そうした中、有力な交渉当事者の言葉が印象的であった。「INDCは所詮、出発点であって、大切なことは、それを確実に実行し、継続的に引き上げていく国内的な仕組みを真剣に築くことである」というものであった。同感である。

国際的な削減への日本の参画――智慧の発揮が最後のチャンス

直近の2回を含め、論者のここ3回のフランス訪問の主な目的は、地球温暖化対策の資金調達の将来の在り方を探るためである。

今後は、地球温暖化対策が途上国を含めて世界中で必須のものとなり、CO2など温暖化ガスは、広く民間活動から必然的に発生し、エンド・オブ・パイプ(事後処理型)の従来型の対策では対処が困難になる。民間活動の根本から変革することが求められる。対策を支えるには膨大な資金を投じなければならないことは火を見るよりも明らかだ。また資金供給の仕方も、これまでの世界銀行の地球環境ファシリティ(GEF)や京都議定書上のクリーン開発メカニズム(CDM:途上国の温暖化ガス削減に貢献した先進国は、その一部を自国の削減分にできる仕組み)のように、専ら地球環境保全に伴って増加する費用(インクレメンタル・コスト)のみを手当てするのでは、民間経済活動の抜本的な改善には有効でないことも想像に難くない。そこで、世界中で、新たな発想の温暖化対策ファイナンスが検討されているのである(写真)。

図


極端な例を言えば、「民間企業が、温暖化ガスの排出が極めて少ない製造工場を作り、投資資金の返済の一部を現金でなくCO2削減証書でよいことにする」といった案も出されている。かたや貸し手の銀行や機関投資家の行動を温暖化防止の観点から律するため「有する金融資産が副生するCO2排出量の開示、そうしたリスク資産の量に応じて自己資本を積み増さなければいけないとすることをバーゼル規制に明記する」といった案もある。

巨額な資金動員と言うと、日本では「経済が立ちいかなくなる」といった反応が起きそうだが、ヨーロッパの雰囲気はまったく違う。COP21 のパリ合意は、避ければ避けたい嫌な義務の配分ではなく、地球や人類社会に良いことを自主的にする前向きの経済競争だ、というのが、欧州の雰囲気である。パリの合意は先進国のビジネス機会を広げるものと受け止める企業家、金融機関が多い。余りそのことを強調すると、途上国に誤解されるとの懸念すらでていた。「地球を汚した先進国に贖罪させる経済的な損失を負わせてこそ意味ある国際合意だ」という主張を途上国にさせることになりかねないから言い方は注意しよう、といった声だ。

翻って国内の雰囲気を見よう。今回の日本版INDC原案が専ら国内排出量を対象にして作られた背景として、産業界がCDMを通じた資金流出の経験に強く反発し、国外削減分を算入することに強く反対した、との報道もある。膾(なます)がINDCならば、羹(あつもの)はCDMだったというわけである。事の真偽はともかく、前回の京都議定書では、国内削減をすることを徹底的に避けたために、国内削減よりは費用対効果に優れたCDMが重用された。そのような削減手段を予め積極的に組み込んでいた結果、東日本大震災に伴う原発停止にもかかわらず、日本は京都議定書の目標を達成できた。それをどう受け止めるかであるが、仮に海外の削減に貢献しなければ日本は目標を達成できなかったであろう。CDMは自ら選んだもので、かつ役立った。それが羹にされたのでは、かわいそうである。

先進国中第2位の排出国として日本は、国内であれ国外であれ、その力を行使して世界の排出量削減に対し、大きな役割を果たさないとならない。その際に、徹底して国内削減を避ける、あるいは国外削減を避ける、どちらも余り賢明な考えには思えない。欧州諸国を見習い、世界に広がっていく地球温暖化対策の機会をビジネスチャンスとして捉え、その中で、日本の技術や資金を使ってもらってリターンを得る、そうした道の創設にこそ知恵を絞るべきではないだろうか。例えば、都市丸ごと低炭素化を図るために、二国間のクレディッティング(移転可能な削減証書発行)の仕組みを設けるJCMなどを日本自ら禁じ手にするなどはもったいないことである。

このルートはまだ間に合う。幸い、日本版INDCの原案には国外削減は含まれていないからである。それを積み増すなら、諸外国は、日本発の金融・技術輸出アイデアを歓迎するであろう。これが、論者の思う、残された第二の、つまり最後のチャンスである。

もっとも、日本がそうした智慧を出せるか、残念ながら不安がある。新しい智慧、仕掛けを合理化して盛るには新しい革袋が要るが、日本は柔軟さや大胆さに欠ける。新しい革袋には、一国排出量だけでないバリューチェーンの上下流をカバーするSCOPE3(製造段階だけでなく利用や廃棄まで考えた)排出量の考慮、一国排出総量だけではなく一人当たり排出量の考慮などがある。国内の智慧をこの際総動員して、最後のチャンスをつかみ取って欲しいものである。

(注)本稿で紹介したフランスでの調査は、環境研究総合推進費(S-11「持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的な研究」)の支援により実施された。ここに記して謝辞を述べる。

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2015年8月21日にプロフェショナル研修「エネルギー・環境政策の表読み・裏読み -ビジネスチャンスを見つける」を開催しました。小林特任研究員も講師として登壇、今後の環境政策の見通しと企業にとってのビジネスチャンスについて国内外の事例を交えつつお話しました。

講師:小林 光・ 日本経済研究センター特任研究員(慶應義塾大学特任教授/元環境事務次官)
鈴木 達治郎・日本経済研究センター特任研究員(長崎大学教授/前原子力委員長代理)
小林 辰男・日本経済研究センター主任研究員/政策研究室長 

岩田一政・日本経済研究センター理事長
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(2015年6月30日)