小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第45回 2023年3月15日 GX推進法案を検証する

GX推進法案、脱炭素を経済成長策に位置づけ
カーボンプライシング、税制のグリーン化を早急に
産業経済政策ではない地球温暖化防止の法体系確立を

【要旨】
 政府は、2月10日に、GX(グリーントランスフォーメーション)推進法案(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案)を閣議決定し、国会に提出した。その内容は、脱炭素社会実現を経済成長の原動力の一つと位置づけ、そのための投資が進むよう、公的な債券によるファイナンスをまず行い、その償還原資を、将来の、温暖化ガス(主にCO2)排出に価格付けをするカーボンプライシング(炭素税や排出量取引など)で賄う、というものである。カーボンプライシング、という政策を正面に位置付けたことは評価に値する。しかしカーボンプライシングの導入時期も規模も既存産業への配慮によってか不徹底で、適切、十分とは言い難い。今回の法案では手を加えずに置かれた、エネルギー税制について、そのグリーン化(炭素含有量に基づいて課税)を行い、本法案を補う形でカーボンプライシングを強化することを早急に検討するべきだろう。国民負担を増やすことなくCO2排出量を1割程度減らせる可能性が高いからだ。さらに産業経済政策を借用することによって地球温暖化防止を間接的に実現するのではなく1、温暖化防止を直接実現して環境保全の責任を確実に果し得る法体系を確立する必要がある。

 脱炭素社会への移行に向けては、本法案の後を追って国会提出された電気供給体制確立のための脱炭素電源法案(当センターホームページへ3月8日に掲載した「原子力政策、優先順位を間違えるな」の鈴木達治郎長崎大学教授の論考を参照)と並び、最重要とも言うべき政策決定が現在開催中の通常国会で行われようとしている。本稿では、GX推進法案に絞って、その意義や限界を検討する。日本経済研究センターは、脱炭素社会への移行のための政策の在り方に関し、2021年11月に「カーボンニュートラルの経済学」を出版し、一つの提案を世に問うているので、以下では、そこでの主張と対比しつつ、GX法案の性格や将来の政策強化の方向などを明らかにするよう努めてみた。

1. 評価できる総論:脱炭素成長とカーボンプライシング導入の路線

 本法案の要旨は、脱炭素社会への移行のために今後10年間で必要な150兆円を超える官民の投資を確保することに向け、GX推進戦略を策定・実行し、呼び水となるGX経済移行債を発行することとし、この債券の償還のために、将来時点でカーボンプライシング(CO2など温暖化ガス排出への価格付けし、炭素賦課金と排出枠を設定)を導入する、といったことである。
 本法案は、エネルギー政策を掌理する経済産業大臣が主務大臣として施行するものである。同省は、化石燃料にCO2排出量に応じて課税する炭素税や企業に排出枠を設定して余剰となった排出枠を市場で売買する排出量取引(排出枠以上に排出した場合は他社の余剰分を排出権として購入する必要)などのカーボンプライシングには長く反対であった。しかし、ようやく重い腰を上げ、脱炭素に欠かせない手段として、炭素利用に関して人為的な価格設定を行う方針を決定した。論者のような、環境基本法制定(1993年)以前から炭素税などを担当し、同基本法制定時に、環境負荷発生に対して経済的な負担を課す、こうした措置に関する条文を設けることを巡って経産省(当時は通産省)と厳しい交渉をしてきた者からすると隔世の感とも言える変化である。産業経済政策手段の大転換ということが第一に評価する点である。
 第二に、法案が脱炭素経済成長構造の実現を目指す点も評価すべきである。言い換えれば、炭素利用の制約が経済成長の妨げになるのではなく、むしろ脱炭素に向けた取り組みが成長に貢献するものとなるような経済を実現しようということである。こうした理念も、それこそ1970年の環境行政の独立以来の思い込みである「環境保全は経済の敵」という考えを180度転換するものである。論者には、環境保全で成長するマクロ経済づくりを訴えると原理的に間違った主張であるかのごとく反論された悔しい思い出が数多くあるが、この転換に半世紀も掛かったことには正直情けない気持ちで一杯である。
 遅過ぎる転換である。とはいえ、これらの転換がないよりははるかに良い。

2. 遅く、規模も力不足の炭素賦課金、排出量取引

 この連載「エコ買いな!?」では、これまで、エコのためにお金を使うことを様々に訴えてきた。今回取り上げるGX推進法案もエコにお金を使う点では評価できるが、しかし、前述したような大きな転換を折角決意したにもかかわらず、その転換を効果的にすることにはなお躊躇があるのではないか、と思わされる点が以下のように散見される。本気の「エコなのかいな?」と言わざるを得ないのである。
 経済産業省の公表資料によると、脱炭素への移行を支援するファイナンスは早期に始めるようだが、肝心のカーボンプライシングである賦課金の導入時期は2028年度、排出枠の有償販売開始時期は33年度といった具合で、30年度における温暖化ガス(主にCO2)の46%~50%の削減に対してはカーボンプライシングの直接の効果が及ぶとは期待できない。強いて言えば、将来には化石燃料の使用は高くつくことになりますよ、という口先介入の、いわゆるアナウンスメント効果だけが効果である。
 さらに問題と思うのは、プライシングの幅である。同省の、カーボンプライシングの中長期的イメージという図(下に掲載)によれば、2050年くらいまでの賦課金や排出枠販売収入の合計は20兆円程度(年間1兆円程度か)に過ぎず、その年々に課される額は、それに同時期の再生可能エネルギー固定価格買取(FIT)制度の賦課金支払額や石油石炭税税収額を加えた合算額で見ても、これら既存のカーボンプライシングの幅を超えることはないように設計されるようだ(根拠になるのは法案の第12条など)。つまり、マクロ的にみると、今日程度のカーボンプライシングを延長する効果はあっても、今日以上の深堀りはしないのである。

(資料)「GX実現に向けた基本方針」 についての意見交換会資料
(関東経済産業局、2023年1月20日)

 しかし、今日程度のカーボン価格であると、省エネ技術や再エネ技術の採用インセンティブとしては不足である。例えば、論者等が属する日本経済研究センターが試算し、前掲の「カーボンニュートラルの経済学」の中で示した必要炭素税額は、比較的に低税率の2030年でも7700円/CO2トン(うち、既存エネルギー課税の炭素税への振替分の4400円を除くと新増税幅は3300円/CO2トン)であって、税収は、実質の増税幅由来のものに限っても約1.5兆円/年の規模と計算された。さらに、炭素税へと再編されたエネルギー税の税率は、35年には1万円/CO2トン、最終的には1万2,000円まで強化することが必要と計算されている。これに比較し、GX推進法案の実行による炭素離れに向けたインセンティブ効果は限られたものと言わざるを得ない。
 GX法案の効果は、したがって、脱炭素への移行を支援する資金供給の魅力づくりに大きく依存せざるを得ない。しかし、金融の異次元緩和が日銀・植田新総裁の下でもしばらく続くと思われることと合わせて考えると、魅力を出せるのか、そしてなんとか魅力をひねり出して20兆円程度の公的貸出しや補助金の増加が仮にあったとしても、目論見の150兆円もの脱炭素投資、それも真に脱炭素に貢献するものを呼び込めるのかは、はなはだ心配である。
 超低金利で量的な資金制約もない中で、炭素利用の機会費用を大きくすることなくして追加的な金融のみで、脱炭素が飛躍的に進むとはなかなか考えにくいのである。

3. 産業経済政策の限界、CO2削減で提供できるのは政策手段のみ

 上記のような、炭素利用への負担を強化しない、いわば金融支援の「一本足打法」によって、CO2排出量を追加的にどれだけ削減できるか、その効果はなかなか読めない。このため、2030年断面で必要な46%から50%の削減量のうちのどれだけをこのGX推進法案で持ち込まれる政策で確保できるかも不透明となる。
 それもそのはずである。GX法案は、環境保全が目的ではなく、脱炭素でも成長できる経済を構築しようとする、産業経済政策法である。言い換えれば、環境保全に責任を直接的に果たすものでなく、地球温暖化対策推進法の下にある脱炭素政策の中で借用され、結果的に効果を発揮する関連目的の政策手段を提供する法律なのである。
 前掲した「カーボンニュートラルの経済学」では、我が国の地球温暖化対策が、肝心のCO2削減策に関して、産業政策に属する政策に極めて多くを依存しており、「尾っぽ」がと言うと失礼かもしれないが、手足となる施策が、環境保全という頭を振ってしまう恐れがあることを指摘し、そうした法制的な仕組みを改めていくことを提案した。
 この視点で、国会提出された法案の条文を見ると、第6条で温暖化対策推進計画など国の諸々の関連施策との整合性を保ちつつ、脱炭素成長構造への移行戦略を定める、との一般的規定を設けているほか、具体的な仕掛けとしては、第73条で、この法律に定める施策を実施する時に、環境保全の施策に関連する場合には、環境大臣と緊密に連絡し、協力して実施する旨を書き込むだけに留まっている。
 上述したように、この法律は環境を目的とするものでないものの、しかし環境保全に関連することはあるよね、との認識で、いよいよ関連する時には、環境行政と協力しましょうという、頼り甲斐の乏しい関係を規定しているように見える。これで果たして大丈夫なのだろか。つまり、炭素賦課金や排出枠設定を通じた施策は、脱炭素のいわば主力打者であるはずなのに、その能力が、産業政策で是認される範囲でしか発揮できないこととなりはしないのだろうか。

4. 税制グリーン化、国民負担増やさず1割削減も

 本稿では、大きく2点の課題を指摘した。この課題を将来的に克服していく場合に検討することが望まれる選択肢を手短に紹介しよう。
 第一は、今回視野の外に置かれたエネルギー税制全体を炭素税化していく方向性である。
 今回の法案は、弱いとはいえ存在している既存のカーボンプライシングの仕掛けには一切手を触れずに、その上へ、新たな賦課金などを原資とした環境投資へのファイナンスの仕組みを載せようとするものである。唯一の炭素税である石油石炭税中の二酸化炭素税制の強化は放置されている。さらに、揮発油税などのエネルギー税、石油石炭税、FIT賦課金といった、炭素を課税標準としないがゆえの、額に比べてインセンティブ効果が弱い税の活用も放置されている。果たしてこれでよいのであろうか。
 これらエネルギーを課税対象とする諸税の税収は4~5兆円もあり、この国民負担の総額を変更せずに、これらの課税標準を炭素含有量にすること(税制のグリーン化)によって、日本経済研究センターの試算ではCO2排出量を追加的に約1割削減できる2。足元でこのエネルギー税制の改革を実行すれば1億トン/年以上の削減に相当する。国民負担の総額を変更せずに脱炭素への移行が加速化されるのに、そこを放置するのはいかにももったいない。様々な税には、それぞれに沿革があって、負担と税収使途や受益との関係には独特のものがあるから手を触れにくいことは分かる。しかし、エネルギー関連税は、石油石炭税とそれに派生するCO2税制を除き、事実上、一般財源化されている上、脱炭素になればどの税の税収もこのままではゼロになる運命である。その日まで放置するのではなく、今から、エネルギー関連税制を再設計するということが望ましいのではないだろうか。また、4~5兆円の税収が、脱炭素はもちろん、子育てや雇用に役立てるといった新たな成長のために広い視野で効率的に役立てられれば、かつての政策プライオリティの記憶を引きずる個々の税制を放置するよりはるかに有益であることは論を俟たない。
 この再設計は別の観点からも望まれる。それは、欧州(そして米国も)が、域外からの輸入品に対して、カーボンプライシングが相対的に乏しい国からの輸入であった場合には、域内相当の課税(炭素国境調整)を企図しているからである。国境での課税を回避する上では、我が国は幸い、仮に欧州にあってもなんとか同等以下と言われることを回避できるエネルギー課税状態なので、その課税方法を欧州に説明できるものにすることが最短の対応ではないだろうか。

5. CO2排出削減の勧告措置を可能に

 第二は、産業政策の観点から発展してきたエネルギー使用に関する規制的政策をしっかりと環境政策の中にも組み込む方向性である。
 このためには、いろいろの方策が考えられる。一例を挙げれば、地球温暖化対策推進法において、エネルギー政策との関係をしっかりとしたものとするような仕掛けを明定することが考えられる。「エネルギーに係わる施策が環境保全に関連する場合であって、当該施策では、CO2等の排出削減が十分には果たせないと見込まれるときは、環境大臣は、当該エネルギー施策を所管する大臣に必要な措置を取ることを要請し、併せて、同法第25条に定める排出削減等指針に即した措置の実施を関係する事業者に対し勧告することができる」、といった、頼みとする産業経済政策に不足があった場合のフェイルセイフを担保する、いわばバックストップになる仕組みを設けることも検討に価するのではないだろうか。一層進んだ方法としては、エネルギー政策に環境保全目的を明定し、環境大臣が主務大臣として共管し、エネルギー政策の形成に参画する、といった欧州的なソリューションもあり得る。
 最近の法律は皆そうだが、GX法案でももちろん、その制定後に事態の推移と照らし合わせて施策の妥当性を検討し、必要に応じて条文の修正をすることを含めた政策の見直しを行うことを定めている。
 GX法が制定されると、カーボンプライシングは禁じ手でなく、正規の政策手段に位置付けられることになる。しかし、既存のビジネスなど四海にしっかりと配慮することが優秀な官僚の性であるところ、そうした配慮を、他の政策も含めたポリシーミックスで実現しようとせず、狭い自分の政策領域だけで行おうとすると、微温的な政策になってしまい、脱炭素経済成長構造への移行を遅らせ、国際競争の中で我が国の力を削ぐことになる。角を矯めて目的を損なうことがないよう、今後、カーボンプライシングの効果的な活用について、本法案の外に置かれた政策の改善も含めて大いに息長く幅広い議論が進むことを期待したい。
 法案の国会審議はようやく3月9日に始まった。脱炭素プロセスの目標年度となる2030年、50年までには、政策の修正強化が必要になるはずで、政策検討の時間は十分にある。本稿が一つの参考になれば幸いである。

本稿の問い合わせは、公益社団法人 日本経済研究センター研究本部(TEL:03-6256-7730)まで


  1. 日本の地球温暖化防止政策は、大筋では、国民経済の健全な発展を損なわない形で、省エネルギーを推進し、再生可能エネルギーの利用を拡大することで実現しようとしているのであって、温暖化ガスの排出削減を直接求めているのではない。例えば大気汚染防止法で汚染物質の排出を直接、強く規制することで実施されている窒素酸化物や硫黄酸化物の対策と比べるとその違いが明らかだろう。
  2. 日本経済研究センター(2019年10月)「エネルギー税をCO2排出量ベースにー経済影響なく、排出量を1割削減ー