小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第17回 2013年8月22日 節電グッズ、節電ビジネスの萌芽

 北海道や東北を除く日本列島は炎暑の中にある。高温記録はもとより、短時間の集中豪雨の記録も次々と塗り替えられていく。地球温暖化、気候変動を誰もが実感せざるを得ない。しかし「炎暑、地獄夜」でも国民や企業の節電意識は堅固であると報じられている。実際、電力消費が思いのほか高まらない。東日本大震災とそれ以降の停電の記憶が鮮烈で、電力の浪費がカタストロフにつながると腑に落ちてしまったのであろう。しかし国民は、ひたすら暑さを耐え忍んでいるわけではない。新しい克暑グッズが登場、節電ビジネスも生まれている。

扇風機にも省エネ余地――我が家のケース

 環境対策を他人様に説かなければいけない立場なので、果たしてどのような環境対策が可能なのか、世田谷区羽根木にある自宅を舞台にした試みは既に13年以上を数える。「もう節電の余地はない」と思っていたが、そうではなかった。7、8月の実質電力購入量(購入電力量-太陽光パネルで発電した電気を東電に売却した電力量)について、震災前の2010年、11年、12年、13年と比べると、震災前が577kWhであったのが、486kWh、363kWh、そして348kWhという具合に趨勢的に減っている。地球温暖化が進んでいる一方で、3年間で4割、200kWh分以上も節電が進んでおり、自分でも驚いた。

 どうして電力消費を減らせたか。

 切り分けが難しく、定量的な分析はできないが、我が家の場合は小規模の太陽光発電パネルを新たに導入し、これから生まれる電力を、独立に、すなわち商用電源とは混じらない形で使って、商用電源を節約するようにした。この効果が最も大きかったようだ(140Wと70Wの2つのパネルで発電した電気をうまく使い切れば、2カ月で35kWh程度の節電になっていよう)。次いで、各所の照明をLEDに替えたことも効果があった(仮に30Wの電球を月間300時間点灯するケースでは、置き換えを一カ所行っただけでも2カ月間当たりで14kWhの節電になる)。

 これらに加え、昨年、今年と力を入れたのが、直流モーター扇風機を導入し、交流モーターの扇風機と置き換えたことである。

 扇風機は、節電と克暑を両立させるカギである。28℃程度の室温でも湿度が低く、風があれば、それなりに過ごせる(最近は、熱帯夜と呼ばれる25℃が涼しく感じるほどだ。熱帯夜程度にしてもらいたいものだ)。このため、扇風機への需要が高まっているが、一層節電に有効な形にするのが直流モーター駆動の扇風機である。

図


直流モーター扇風機とは、写真のように、見た目では従来の交流モーターと違う所はわずかしかない。プラグがインバーターになっていて、そこからモーター部分に電力を供給する電線は、細くなっていることが目に見える違いだ。動かしてみた場合、モーターの音が小さく、モーターに熱をほとんどもたず、回転数の調節が細かくできる。驚くのが、電力消費量の少なさである。家に昔からある交流モーターのものと比べると、直流駆動は7割も消費電力が少なかった。仮に、一家で4台の扇風機が一日それぞれ7時間使われると、2カ月間での交流モーター駆動の電力消費は約61kWhであるが、直流駆動では約18kWhとなる。差し引き43kWhという侮れない節電量を稼ぎ出す。やり尽くしたはずだった自宅・羽根木エコハウスの節電にもまだ余地があり、更なる節電の過程では、新たな製品需要が生まれたのである。

直流ワールドに大きなビジネスチャンス

直流モーター扇風機は量販店によると、今年の売れ筋商品の一つらしい。直流モーターが節電になる仕組みは、交流モーターでは電磁石がいつも通電されているのに対し、直流モーターでは、電磁石の極性を変える瞬間だけ通電するところにあるという。

ところで、扇風機のモーター以外にも最近は直流で駆動している家電は数多い。むしろ扇風機はレイトカマーである。パナソニックの資料によると、高電圧の直流駆動機器の家庭の電力消費量に占める割合は、既に約50%に達し、情報機器など低圧の直流で動くものが同様に約40%を占め、合計は90%にもなるという。そうであれば、わざわざ交流電源をインバーターによって直流に直すよりも、最近は家庭に普及著しい太陽光パネルや蓄電池から直接に直流を供給し、インバーターによる変換ロス(5~30%と言われている)をスキップするのが良いように思われる。

節電は、家電の形を変えることを後押しし、直流駆動の世界を一層早く私たちの近くに呼び寄せることになるように思われる。

直流扇風機は、従来型の扇風機より価格が2倍近くするのが現状である。しかし、需要は強い。折角、我が国には、快適性と節電などの低環境負荷性能とを高いレベルで求める消費者が育っている。サプライサイドは、この市場の利を踏まえて家庭の直流化に対して世界で一番乗りを果たして欲しい。

「節電所」の普及・拡大にも期待

節電という需要をビジネスチャンスにしてしまうものは省エネ家電だけではない。設備を改善する、という一層手の込んだビジネスには省エネルギー支援サービス(ESCO)があり、また、もっと臨機応変なビジネスモデルに節電所というものが登場してきている。時刻に応じた電力の需給ひっ迫を踏まえて節電して、高い電力料金を回避し、節電量に見合うボーナスを電力会社から得たり、あるいは買い上げてもらったりする仕組みである。

ESCOには我が国でも既にある程度の歴史があるが、節電所はまだ耳慣れない言葉である。このような商売の離陸も近いと言えよう。

節電所が商売として成り立ち得るのは、電力需要がピークとなる時間帯での発電コストが高いからである。ベースロードの発電には、連続フル稼働で利益幅の大きい新鋭の発電所が使われるが、需要が大きくなるにつれ、発電コストの高い発電所を順次動かしていくことになり、利幅が少なくなる。電力会社にとって、めったに動かすことのない発電所を維持しておくには大きな費用が掛かる。不要不急の発電所を維持したり、そうした発電所で発電したりするよりは安い費用であれば、節電量を買い上げても電力会社は儲かることとなる。節電量があたかも発電量のように取り引きされる。そこで、節電量のことを「ネガワット」と言うこともある。

もちろん、このビジネスが機能するためには、追加的な節電がなければ、どれだけの電力需要が生じるか、正確な予測が必要である。期待される節電を確実に成し遂げる組織力、技術力も欠かせない。検証の仕組みも欠かせない。専門性が必要なビジネスである。

電力会社と電力需要家との間に立ち、節電をいろいろな需要家にさせて必要な節電量を総体として確保する専門企業や組織をアグリゲーターと言う。欧米では、既にこうした組織が活躍している。我が国でも、節電量買い上げの入札などが試みられようとしたことがあり、このようなビジネスの意義はますます高まってこよう。

節電所の生きたひな型は、北九州市にある。本コラム既報(2012年9月25日付「エコ買いな!?」参照)のとおり、ここでは、特定供給の対象となる東田地区の数百世帯に対し、電力需給の強弱予測に応じて時間帯別に高低のある電力料金が設定され、需要のダイナミックな制御を試みて、習熟の度合いを高めつつある。

節電が、単にカタストロフを避けるためだけでなく、お金をも生むということになれば、今度は、新しい克暑グッズへの需要も生まれよう。こうしてビジネスがビジネスを生んで、好循環が始まる。温暖化に対して指をくわえて我慢するのではなく、温暖化を食い止めつつ、その中で少しでも快適性の高い暮らしを維持しようとする努力が、新しいビジネスのチャンスを生むことは間違いない。

温暖化を恨みながら汗を出すのではなく、どうせ出すなら知恵を出そうではないか。扇風機のような、一見進歩しようもないと思われた伝統的な商品にも新しい商機が訪れたことを見て、そう感じた次第である。

(2013年8月22日)