小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第20回 2013年11月22日 今こそ、グリーン購入!需要サイドの力を見せよう

温暖化ガス削減、暫定目標は日本の弱体化につながる恐れ

 去る11月15日、政府は、地球温暖化対策本部の会合を開き、温室効果ガスの排出削減に関する2020年以降の我が国としての暫定目標(注1)を決めた。これは、折からワルシャワで開催中の気候変動枠組条約の第19回締約国会議(COP19)において、日本政府が、自らの目標として提案するものである。

 COP19からゴールとなるCOP21までの過程では、各国に対し、それぞれの2020年以降の排出量目標を提案することが求められている。パリで2015年末に開かれるCOP21で最終的にどのような国際約束が取りまとめられることになるかは、もちろん、現時点では、確固たることは言えないものの、米国が既に提案しているように、それぞれの国が提示する目標の妥当性を各国が相互に検証し、互いに納得した上で、各国がそれぞれの目標の実現に向けて努力をするという仕組みが、国際交渉の一つの軸になることは間違いない。目標の国際的な確定には時間を要する、というわけだが、その意味だけでなく、我が国の場合は、もう一つの意味、すなわち、2011年3月11日の東日本大震災以来、原子力発電所を始めとしたエネルギー源を今後どのように使っていくかが不透明なままであるという意味でも、このほどまとめられた我が国の提案は、当面のもの、という性格が強調されている。政府が自ら言うとおり、この目標は当面の暫定的なものである。そのようなものの発表を急いだのは、それが、国際交渉の場への入場切符の役割を担うものだからであろう。

 国際環境政策の決定プロセスに関する論者の長い経験から見ても、最終ゴール2年も前での各国の言い値は、出来上がりの国際約束の内容とは余り関係がないのが通例であり、日本の今回の提案についても、それを額面通りに受け止めるのはもちろん早計だ。それでもCO2単独の排出量に関しては1990年比で0.5%増を認めていた京都議定書(注2)に比較してもなお、一層の排出増加を許す点では、正直に言えば、世界全体のCO2削減に貢献するところは極めて乏しい。

 そのような目標でも、政府や産業界は「野心的」と言わざるを得ないほど、現在の日本のエネルギー供給の先行きは不透明なのである。そして日本経済は、大震災のもたらしたピンチから脱せずにいて、自信を取り戻せていないのでもある。

 日本の数値目標を見て、先進各国は「日本の実力ならもっと対策ができるはずだ、と論難するであろう」というのが、各新聞の見立てである。さらに中国など新興国に環境対策に手を抜く口実を与えるのではないか、という心配も報じられている。

 しかし、論者はこのような非難は少ないのではないかと、実は心配している。それは、省エネルギーや再生エネルギーの大きな世界市場が開けつつある今日において、日本のような有力な商売敵(かたき)が脱落すると、得をする国々が多くなってきているからである。お隣の中国も、野放図なエネルギー利用拡大は経済成長の隘路となることを十分に認識して省エネに力を入れている。再エネへの世界最大の投資国となるなど、その利用拡大が経済成長上の戦略的な分野であることも熟知している。これら分野での日本の弱体化は、むしろ欧米や中国の望むところでもあるかもしれない。

消費者の働きかけ、供給サイドの劣後を防ぐ

 国際政治のプロセスを客観的な評論家的視点で論じることは、この連続コラムの目的ではない。そうした分析は別稿に譲り、ここでは、日本のこれ以上の経済弱体化は困ると思う愛国者になって、考えてみたい。

 政府や産業界中枢は、大変残念なことに国民に対し、「地球環境のためにもっと頑張ろう、それが日本人やその経済の生きる道だ」、という号令を掛けるまでの自信がない。その中で、我々国民はどうしたらよいか。それが今回の本コラムの関心事項である。

 論者は「需要サイドこそが頑張って、日本の力を発揮しよう」と訴えたい。

 経済を変えるのは、産業界といった供給サイドの力に依るだけではない。経済は、供給と需要の合作である以上、供給サイドに元気や展望がなく、これまでと同じ物を極力安く作ることによる局面打開だけを考えているような状況では、新しい経済へと発展していくための真のイニシアチブは、買い手側にこそあるのである。幸い、我が国には、買い手・需要側のイニシアチブを環境政策に活かす長い伝統がある。それは、グリーン購入であり、環境配慮契約の仕組みである。同契約については、本コラムの2012年8月号で説明した。これは、役務のような知的な生産物の購入に係るものである。米国では、パフォーマンス・コントラクティングと言われているもので、価格のみを指標に、そうした役務納入の契約先を決めるのではなく、価格以外の性能などを十分に評価して、買い手側のイニシアチブで、適切な役務供給元を選び取っていく仕組みである。

 我が国では、かつて「経済設計」の名の下で行った設計上の構造強度偽装をきっかけに議員立法された。安いことを最重点にする会計法のいわば特例として、政府機関が、例えば、設計業務の価格競争を避けて環境性能の高い建築物を設計できる有能な建築家と設計契約を結んだり、安いばかりの電力に替えて、価格は高くともCO2排出量が少ない電力を購入したりすることに道を開くものである。

 需要サイドのもう一つのイニシアチブとして、ここでは、2000年に制度化がされたグリーン購入を紹介しよう。グリーン購入は法的には政府機関にのみ義務付けられている。政府が購入・調達する多種類の製品、さらに委託・請負する一般的な幅広い役務に関し、その環境性能についての満たさなければならない最低限度の基準を環境省が定めている。政府の各機関は年間の調達計画を明らかにし、基準が定められている製品や役務については基準に合致したものを購入することを義務付ける仕組みである。

 政府は、極めて大きな消費者であるので、環境保全に先導的な役割を果たすことが求められることはもちろん、供給にも大きな影響を与えることができる。供給側が提供する製品や役務の環境性能を積極的に向上させ、その効用を、政府外の一般消費者にも広く及ぼしていこうということも、グリーン購入制度の視野に入っている。

 2013年度は、19の分野の266の品目の商品や役務がこのグリーン調達制度によってカバーされ、満たすべき環境性能に関する基準が設けられている。
この基準は技術の進歩などを反映して年々見直しが行われ(改定のなかったものも含め、基準のすべてが見直され、毎年閣議決定される)、カバーする範囲も広がっている。そうした質的向上がある中で、政府の調達品に占めるグリーン調達基準適合品の割合も、年々向上してきている(図1参照)。

図


2000年以降の地道な取り組みの結果、基準適合品の調達割合が95%以上になる製品等(すなわち、政府の調達が概ねグリーン化されている製品等)は、2010年度(平成22年度)実績で、政府調達品目数全体の約98%に達するまでに至っている(本制度発足直後の2001年度<平成13年度>には44.4%に過ぎなかった)。

政府がその調達に当たって、環境性能に優れた製品を選択するようになったことを通じ、そのような環境にやさしい製品の一般市場での占有率も、本制度発足時点に比べ、大幅に向上している(図2参照)。

図


この基準の中身、あるいはそのカバーする製品等の範囲については、民間からの提案が歓迎されている。具体的には、一般からの意見募集が毎年行われている。最近の法制度改正で、都市計画に関しても、民間の発意でその変更に関する検討を提案できるようになっているが、グリーン購入でも同様である。「地球環境にやさしい経済の担い手に日本がなっていく」との発想の下では、民間の意見を反映していく、このような仕組みを積極的に活用することがとても有効だ。

さらに、公の制度に意見を言うだけでなく、民間の経済主体も積極的にグリーン購入の主人公になっていこうという動きもある。それは、グリーン購入ネットワーク(GPN)である。グリーン購入ネットワークでは、毎年、総会を開いて、その活動内容を評価し、環境にやさしい経済づくりに向けた働き掛けの作戦会議を行っている。今年度の総会は、年度末に近い2月に札幌で行われるが、国内の横つながりだけでなく、国外のグリーン購入主体との横つながりを目指す動きも始まるようである。

消費者など需要側、買い手側のイニシアチブで、地球環境に負荷を与えることの少ない新しい経済を作っていくことは、行き詰まっている日本でこそ、大きく期待される。遠慮勝ちの政府や産業界をカバーして、今こそ消費側が立ち上がろう。そして、大きな世界市場で、日本のサプライヤーが劣後してしまわないよう、しっかりと下支えをしていこうではないか。

(注1)2020年に05年比で3.8%の温暖化ガス削減(90年比では3%増)
(注2)同議定書上の90年比6%削減の目標には、海外との温暖化ガスの排出量取引や森林による吸収などによる削減分も含んでいる。そのため国内のエネルギー消費などによるCO2排出量は0.5%増でほぼ、6%削減を達成することになる。

(2013年11月22日)