小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第24回 2014年3月31日 エコ賃貸というビジネスの船出

劣悪な賃貸住宅と英国の処方箋

 住宅ストックの相当部分(我が国では約4割)が賃貸住宅である一方、その環境性能は、持ち家、特に注文住宅に比べ、見劣りがする。その改善は、環境対策として急務であるし、そうした対策が進めば、大きな市場が形成される。経済的なインパクトは大きい。

 賃貸住宅の環境性能が見劣りする背景には、図1のとおり、様々な事情がある。

図

まずは、家賃の相場を決める変数である。そこには、環境性能など存在せず、ターミナルからの交通時間、最寄り駅やバス停からの徒歩時間が最も重要であり、次いで築年数や広さ・間取りとなっている。簡単に言えば、築年数と広さでソートした上で、最寄り駅からの距離と家賃とをグラフにすればきれいなグラフになるし、最寄り駅からの距離を固定すれば、広さなどに応じて、これまたきれいな関係を示すグラフが得られる。そうした賃貸料の相場はよく知られており、客を捕まえる切り札は、前述したような重要スペックが同じなら、低い家賃設定をすることになるしかない。

非環境的な要素でソートされた相場の中での価格競争。これが賃貸住宅の置かれた市場なのである。このため、建築資金を貸す銀行も、本来は収益性があれば十分な資金を供給したいのであるが、相場を超えた高額家賃設定が避けて通れないエコ賃貸の場合は「借り手がつかない」というリスクを感じざるを得ない。貸付高を絞ったり、リスクを反映して金利を高めに設定したりしがちである。

建物を建てるビルダーも、本来は、値段の張る物件を建てて売り上げを増やしたいが、高額賃料になって借り手が見つからないと賃貸事業自体が成り立たないことを十分承知している。施主には、安い建築費で収益性の高い物件となることを提案し、建築費の安いことをもって、他の建築業者と競争する傾向がある。

賃貸住宅は多くの場合、集合住宅であって、専門の不動産会社が借り手を探す役割を担い、借り手が決まった後は、その管理を請け負うのが通例である。これら不動産業者も、本来は高賃貸料物件の方が手数料や賃料比例管理費が大きく得られるが、高額物件で空き家期間が長くなるとそもそも収入を得られないことを懸念する。施主には、相場に沿うか、それよりも低い賃貸料設定を促すのである。

こうして市場のステークホルダーが寄って集って、施主に対し低廉な建物を建てて収益することを促す(このほかのステークホルダーとして、家屋に係る損害保険、火災保険などを付保する企業がある。これらの企業は、中立的であって、安い建築物を歓迎するというほどのことはないが、残念ながらエコ賃貸を奨励する保険料設定をしているわけでもない)。

このような価格競争の結果、確かに賃料は全体として安い水準にはなろうが、それは果たして幸せなのだろうか。

論者も参加する環境省などのエコ賃貸に関する検討会では、住み手に対するアンケート調査に関する既往の結果が披露された。それに依れば、実際に住み始めて新たに感ずる不安のいわば筆頭が、住まいの寒さであったり、高い光熱費であったりする。 

つまり、価格競争が必ずしも幸せを実現していない。競争が悪いのではない。住みやすい住宅に向かうような市場競争が欠落している。この事態を放置していたのでは、住宅ストックの環境性能はいつになっても改善せず、温室効果ガスも、住まい手の貴重なお金も、垂れ流しになってしまう。

2013年6月21日の本コラム(英国も頑張るエコ賃貸―我が国もしてみようとするなり)でも触れたように、英国は、こうした事態の改善に向けた処方箋が既に出され、対策の実行が始まっている。

簡単に述べれば、一つは物件ごとの想定光熱費の住まい手候補への提示であり、二つには、賃貸住宅の省エネ性能改善へのESCO(省エネルギーサービス)的な事業の実施であり、第三に、省エネ性能に劣る賃貸住宅(68万戸と言われる)の賃貸取引の禁止(2018年4月以降に実施)である。

いずれも我が国では、夢のような厳しい政策である。しかし、我が国も手をこまねいているわけではない。環境省では、前述のように、国土交通省とも連携しながらエコ賃貸の普及に向けた対策検討を開始した。その理想とするところは、英国のような、しっかりした支援策の下で厳しい規制を講じることではあるが、既存の賃貸物件の環境性能の把握、住み手側の意向の調査、不動産管理会社などのステークホルダーの意向調査などを通じた現状の把握、そして、住み手側に環境性の良い賃貸を選ぶように促し、支援する仕掛けに関する住み手側の感度の調査などなどが行われてきた。

このような動きにたまたま並行して、これまた6月21日付本コラムで紹介したように、論者は自らがエコ賃貸の施主になる機会を得た。「羽根木テラス・BIO」と名付けた建物が、ようやく完成し、このほど、借り手の募集が始まった段階である。以下では、自らの事業の商売上の宣伝は避け、(経営の手の内をさらすようで逡巡するが)専らエコ賃貸普及政策の可能性を吟味する観点からこれまでの経験を紹介してみよう。

エコで高付加価値な賃貸可能に――筆者みずから施主に

このエコ賃貸事例の物理的な要素をまず見てみよう。

伝統的な家賃形成指標で見ると、この賃貸は、山手線ターミナル駅へ10分程度の私鉄駅から歩いて数分、新築で、床面積も76㎡の2LDKという形態である。このため、環境を度外視した通常の相場でも月額家賃は20数万円となる物件である。

しかし、このケースでは環境性能を高めつつも上乗せを極力少なくアフォーダブル(お手頃)な賃料でエコ物件ができないかと努力した。実は、本コラムの前半で紹介した、賃貸施主を取り巻くステークホルダーの思惑なるものは、「羽根木テラス・BIO」を建てる過程で、論者が実際に体験したことだ。

途中の経過は省略するとして、結果的にこの物件は、次のような環境等の性能を備えることとなった。断熱性能は、各所の断熱材強化、窓のアルゴン入りLow-e複層枠断熱サッシュなどによって、東北北部でも十分に暖かさを保てるQ値1.79(実測値)を実現し、東京地域での次世代省エネ基準(2.7)の下で生じる熱流失を3分の1分減らした。給湯はエコジョーズである。さらに、創エネ面では、各戸に2.7kWの太陽光発電パネルを設けた。電力消費はもちろん、ガスや水道の消費量を含めてモニターするHEMS(家庭のエネルギー管理サービス)も導入し、住み手の環境行動をサポートする仕掛けを設けた。このほか、庭には、家がもう一軒建てられるほどの面積(85㎡)を充て、これを駐車場にするのではなく、郷土の草や樹種により緑化し、夏季のヒートアイランド化を抑制するよう努めた。ちなみに、庭部分の気象観測モニターも設けて、将来の、室内空調設備への積極的な介入制御にも備えた。

オーナー住宅としても十二分にエコハウスと言える水準である。

図

環境性能向上によって、例えば、室内温度差がなくなることが期待できるとおり、環境配慮と住み手に生じる快適感、健康保持への貢献はシンクロしている。このことに加え、省エネ性能を高めた上で家が創エネ能力を獲得すると、防災性能も高めやすくなる。もとより昼間停電時には太陽光パネルが自立運転するが、夜間停電時に備えては、共用設備として、太陽光パネルから7kWhのリチウムイオン電池に蓄電をし、インバーターを介して給電するシステムも設けた。このシステムでは井戸ポンプまでが駆動するようにした。

これらのハイスペックは、賃貸建築、金融などのステークホルダーとの随分と突っ込んだ話し合いと、その結果としての協力によって、成し遂げられたものである。

良い物は高いのは当然だが、高ければ高いほど良いというものではない。そこで、良い物をリーズナブルな価格範囲で提供できるよう、例えば銀行(本稿は事業そのものが目的でないので、以下、固有名詞は紹介しないが)は、通常の金利よりも相当に大幅なスプレッドで与信を行った。それは、エコな物件の方が、光熱費が安くて、家賃滞納リスクが減ることや、住み手が病気休養することも少なく、デフォルト率が低くなると見込んだからであった。

建築を請け負ったのは、大手のハウスメーカーであるが、エコ賃貸が今後のトレンドとなると見て、設計や施工において、既存の部材メニューの範囲の中ではあるものの、環境性能の向上に独自の工夫を凝らした。当初の設計では、前述の次世代基準程度の環境性能であったのが、部材選択や施工に工夫を凝らした結果、完成後のQ値実測では、これをはるかに上回る性能が発揮できた。この会社は、この物件の経験を踏まえて、今後の請負提案における環境性能上の配慮を広げ、強化することを決めた。

賃借人の募集や不動産の管理も、元々上級物件を得意とする会社ではあったが、エコ賃貸の普及と言う角度から賃借人の募集をすることを戦略的に重要と考える会社にお願いすることとなった(残念ながら、賃料や返済を補償する保険、火災保険などには、エコハウス割引のようなものはなかった。今後は、そうした商品開発が強く望まれる)。

十分に元が取れる月1万円の追加負担

このように、図1に示されるエコを妨げる要因に一つずつ手を打つことによって、高い性能と比較的抑制的な出費増加というパッケージングが可能となり、エコ賃貸というビジネスにそれなりのリアリティを与えられるところに来たとも言えよう。

具体的に見てみよう。まず、供給側の利得である。仮に、環境性能などを高めるために施主が400万円余分に使った(この数字は今後精査し積み上げる予定で、ここでは大枠の額として仮置き)として、施主の期待する収益率が3%とすると、賃借人は、年12万円、月1万円を支払えばよく、そうすれば初期投資の負担なく、直ちに高い環境性能を享受できることになる。

では、賃借人側が享受する利益は、出費に見合うのだろうか。住み手が享受できる環境性能の経済的な価値は、こうしたことの専門の環境エネルギー総合研究所(東京・銀座)の試算によれば、この物件のケースでは、計算可能なものに限っても月々約8900円にはなるとされた。これは、太陽光発電による買電回避や売電による利益の約6600円、高断熱による冷暖房費節の約1000円、高性能給湯器によるガス代節約の約700円などによるものである。これに加え、貨幣換算は困難な、しかし重要な利益もある。すなわち、創エネに伴う防災性の向上や日頃の安心、室内温熱環境の向上による健康維持の価値(慶應大学理工学部の伊香賀教授らの研究では1世帯当たり年間2万7000円との試算もある)、緑の美観と安らぎなどである。

賃借人と施主という、需給両面でウィン-ウィンであって、取引が成立する可能性は十分にある。
そこに着目して商売に取り組めば、建築会社も金融機関も不動産会社も売り上げが増えてハッピーになれる。価格競争の縮小均衡を脱して、新しい付加価値を皆が見出して均衡点を拡大していく可能性があるというわけである。

論者が行ったことは、エコ賃貸ビジネスの素材が技術的には作り得るという、ささやかな実証である。この取り組みが大きな社会トレンドになっていくためには、やはり、前に紹介した英国のような周到な政策の出番が必要であろう。適切な政策の設計のため、延いてはエコ賃貸の普及のため、論者は、自らの取組みをもう少し詳しく分析し、旧著「エコハウス私論」のいわば続編に収めたいと願っている。

(2014年3月31日)