小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第27回 2014年6月30日 需給両面をカバー ―包括的エネルギー・環境政策を始めた自治体

オバマ大統領の大胆な環境イニシアチブ

 日本では、4月11日、長らく決めかねていたエネルギー基本計画が閣議決定された。その内容は、石炭火力と原子力発電をベースロード電力として活用するとの基本的な考え方を示したもので、再生可能エネルギーの導入目標も示すことなく後送された。エネルギー政策に新たな方向を打ち出すようなものではなかった。しかし、米国では、エネルギー政策が大胆に変わろうとしている。米国の連邦環境保護庁(EPA)が6月2日に「クリーン・パワー・プラン」と銘打ち、石炭火力発電所の規制案を公表したことに集約されている。

 米国では世界の石炭のなんと11%が消費され、米国の電力の40%が石炭火力によって賄われている。6月2日の規制案のとおりであれば、2030年には、石炭のシェアは14%にまで減り(他方で天然ガスの比率は46%になると予想)、予想されるベースケースに比べ、石炭火力発電所からの二酸化炭素(CO2)排出量は5億5500万から3億7600万トンに削減される。米国全体の現在のCO2排出量の約53億トンに比べても3%以上の削減になると見込まれている。まさしく強力な政策と言えよう。

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オバマ大統領は、就任1年目の2009年には、連邦レベルの排出量取引に関する法律の制定を目指すなど、治世の当初より、地球温暖化防止対策の強化には並々ならぬ意欲を示している。この法律制定には、議会の党派政治傾向の強まりの中で共和党の抵抗を押し切れず挫折したが、巨大なハリケーンや竜巻、旱魃といった米国で相次ぐ気候災害を背景に、地球温暖化への懸念を強めている世論を背景に、政策の強化を着々と進めている(本欄2013年5月23日)。

そうした中、6月2日の規制案は、直後にボンで開催された国連気候変動枠組条約の補助機関会合において進められ、2015年に結ばれる新たな温暖化ガス削減の国際約束づくりに向けた国際交渉に弾みを付けることも狙っていた。

実際、米国の動きに呼応するように、世界一のCO2排出大国・中国も、次の第12次5カ年計画でCO2排出量に関する目標を設ける方向を示唆した。我が国がエネルギー政策の方向を変えることに逡巡している間に、世界のエネルギー環境政策は大きく変化する兆しを見せている。

州が「大気汚染物質」としてCO2規制

オバマ大統領がEPAをして発表せしめた新政策案の概要は以下のとおりである。

規制対象は全米に500を超えて存在する石炭火力発電所であるが、それらに求められる対策の程度は、連邦によってではなく、州によって決められる。2016年6月末までに州政府は削減目標や削減対策の進め方を盛った計画案を作成し、EPAと協議した上で、OKとなれば、その計画に基づき州の政策が始まる。政策実施には長期間を掛けることになっており2020年から2029年の期間に中間目標、そして2030年から達成していなければならない最終目標を掲げ、対策が順次実施される。最終目標は、2005年比で排出量を30%削減することである。

各州が実施する対策は、連邦ではなく、州自身が決めることになっている。連邦政府が示すのはガイドラインであり、大変にフレキシブルなものとなっている。目標自体も、結果的に排出量の30%削減に結びつく電力排出係数(炭素密度)の大幅削減であってもよいし、CO2排出量そのものであってもよい、とされている。

連邦が推奨する対策も幅広い。具体的には、大きく4つの方向が示されている。蒸気タービンで発電する石炭火力発電所の熱電変換効率の現状に比べた6%向上を始めとする発電効率改善、天然ガス焚きコンバインド・サイクル発電(ガスタービンと蒸気タービンによって熱を二回利用する方式)の稼働率の70%への引き上げ、再生可能エネルギーによる発電拡大や原子力発電の継続あるいは拡大といったゼロ・カーボンの発電の強化、というエネルギー供給側の取り組みが3つ。そして4つ目が、エネルギー需要側の取り組みであって、年々1.5%ずつのエネルギー利用効率の向上を推奨している。

州は、これらの対策を自州内で単独で実施しても良いし、電力供給会社の供給区域に着目して、複数の州が連合して共通の政策を実施するのでもよい、とされている。

この規制案の内容は以上のとおりであるが、そこには、日本から見た場合、2つの特色があると論者には思われる。

その第一は、これまで公害の観点で規制されてきたSO2などの大気汚染物質と同等の観点でCO2規制を行うこととした点である。

我が国では、長い伝統のある省エネ政策やエネルギーの供給に係る政策を借用して、地球温暖化対策が行われているが、米国では、エネルギー政策ではなく、環境政策として炭素の使い方が考えられている。言い換えれば、米国では環境政策の中で、エネルギーを使うことの便益にも配慮をするのであって、我が国とは逆の発想になっている。そのことは、政策の真の目的である「地球温暖化の防止」を保護法益として国民や企業に対し規制の遵守を求めることを意味する。法治国家としては一層適切と、論者には思われる。

我が国のエネルギー・環境の政策の在り方が、両政策当局やその支持母体の力関係で独特な姿を持ったように、米国の、この一見素直な姿も、実は大変に政治的である。それはCO2が州境を越えて被害をもたらす「汚染物質」であれば、既存の大気清浄法(クリーン・エア・アクト)によって連邦や州に与えられた既存権限を行使することで削減が果たされるからである。端的に言えば、議会との調整を要せず、つまりは2009年に挫折した新法制定の轍を踏まずに済むからである。CO2が大気清浄法上規制されるべき汚染物質に該当し、連邦政府が州に対策を求め得ることは、既に、連邦最高裁が2007年及び2014年にその判決よって明確にしていた。そこで、オバマ大統領は、(議会軽視との批判は当然生むが)既存法の大胆な活用を決意したものと思われる。

ついでに言えば、我が国の大気汚染防止法でも、規制対象物質は政令で指定できる。しかし、我が国では、国会に諮った上で、地球温暖化防止対策推進法という専門の法制を制定し、その下で二酸化炭素の排出抑制などを「推進する」仕組み、言い換えれば、(この法律は、対策を創設する唯一の法制であると名乗っておらず、推進に主眼を置く)実体の対策は他法の借用もあり得るような折衷的な仕組みが選ばれている。

今回の石炭火力規制では、州の独自の取り組みが前面に登場することとなった。これが第二の特色である。それは、米国における他の大気汚染物質への対策と同じスキーム、具体的には、大気清浄法の111(d)条に定めるところ、すなわち「実証済みの最善の削減技術(BSER)とそれを用いた削減の道筋に関するガイドライン」を連邦環境庁が州に示して具体化を求めるスキームが、CO2にも適用されることになったからである。いわば、第一の特色の結果、第二の特色が生まれたとも言えよう。

これはオバマ大統領の緊急避難策というわけでは必ずしもない。連邦議会での党派対立とは別に、州レベルでは、地球温暖化対策は結構な進捗を見せていた。少なくとも先進州に関しては、それを連邦法が裏打ちしたに過ぎず、一般州への横展開や底上げが図られるという実直な側面もあるからである。例えば、カリフォルニア州では、発電電力量に占める再生エネルギー起源のものは既に30%を超えている。EPA資料によれば、47州で、省エネに関する政策が講じられ、38州では再生可能エネルギーの利用拡大策が講じられ、10州では、排出量取引のような市場化された政策も実施されている。

もっとも、このような地方重視には、内実が石炭火力発電所の狙い撃ちである以上、石炭生産州などでは地球温暖化対策の負担が先鋭化し、かえって政治的な対立を深めかねない危険も存在することは見逃せない。

日本でも地方のイニシアチブに期待

国が、方針を決めかねている一方で、地方では、エネルギーの需給両面で自治体の政策が徐々に育ちつつある。

そのような流れは、昨今の電力会社の株主総会で、大株主である自治体が、再生可能エネルギーによる電力供給の拡大を求めたりすることにも示されている。また供給地域ごとに最有力の既存電力会社からではなく、新電力会社(PPS)からの供給を増やす、といった行動にも現れている。

条例レベルの政策として見ると、東京都の大口排出事業者に排出量上限を課して過剰達成の事業者が過小達成の事業者に余剰の排出枠を売却しても良いとした条例であろう。この条例(2008年制定、2010年施行)では排出量取引制度の導入面に関心が集まったが、論者は、上限達成に、余剰削減枠だけではなく、再生可能エネルギーの購入や、各種のグリーン証書を算入してよいとするなど、再生可能エネルギーの利用促進に向けたきめ細かな仕掛けを入れ込んでいることに注目していた。エネルギー需要側のみの規制ではなく、需要者のイニシアチブで供給の在り方にも影響を与える構図が用意されていたのである。米国とは逆の方向であるが、米国でも、各州における需要サイドの削減、スマート化などで、石炭離れを容易にすることが4つの柱の4本目に位置付けられていて、結果的には相似的な構図になっている。

論者として思い出深いのは、2008年の都条例が、エネルギー利用の在り方に対して、CO2を単位としたものであったにせよ、いわば直接に介入し、削減義務付けをすることに成功したことに、国の温暖化対策推進法の08年改正が貢献したことである。エネルギーは、伝統的に、国の政策の対象であって地方自治体の政策対象とするにはなじまないと思い込まれてきた。しかし、同法の2008年改正は、地方自治体が、その区域内から発生する二酸化炭素などの排出削減などを計画的に進めるべきこと、そうした計画には、省エネも再生可能エネルギー利用に関する施策も含まれるべきであることを条文上明確にした。このような法的担保もあって、改正東京都条例は、違法な条例といった誹りを受ける心配なく施行されることとなった(ちなみに、国の法律上は、二酸化炭素の排出削減は、慫慂<しょうよう>されるものの、義務付けには至っていない)。

この法改正を担当した論者としては、今回のオバマ大統領の政策方針が持つ意義を自治体との関係でとらえたくなる。我が国における地方と国のコラボレーションは、米国のオバマ大統領の堂々の構えに比べれば、ささやかなものであろう。しかし日本の地方自治体の政策にも、米国の大気清浄法のスキームとよく似た国法上の基盤があることをこの際指摘しておきたい。

この意味で、我が国自治体は、オバマ大統領の発想も見習い、エネルギーの供給源への政策的な介入をもっと強めてもよいように論者には思われる。

例えば、京都府と京都市が連合して、2012年から条例をもって施行している「新改築の建築物への再生可能エネルギー利用設備の設置義務付け」は、とても優れた仕組みと思われる。長野県条例では、再生可能エネルギー利用の可能性の検討を義務付けている。東京都条例では、再生可能エネルギーのオンサイト利用は義務付けられるものではなく、多様な選択肢の一つに位置付けられるのであるが、いわば日本版ソーラーオブリゲーション(スペインを嚆矢とする再生可能エネルギーのオンサイト利用の義務付け)として、需要側から再生可能エネルギー利用を一定程度義務化する取り組みは、他自治体でも、もっと考えられてもよいように思われる。大阪府では、家庭の太陽光発電に関しても補助と義務付けのミックスを検討しているようであるが、注目したい。

温暖化防止、地球市民としての自治を

EPAの石炭火力発電所の規制案には、300頁をはるかに超える膨大な規制のインパクト分析のレポートが添付されている。

ここでは、今回の規制案のもたらす便益と、それに適合するために発生するコストとが示され、比較されている。当然ながら、便益はコストを上回る、と説示されている。

その内容で論者として関心を引かれる所をいくつか紹介しよう。

第一にコスト面でレポートが指摘する内容である。効率に劣る石炭火力発電所が集中的に退役すること、同国では費用の安い天然ガスが多く使われることになること、発電効率が飛躍的に向上すること、省エネが大きく進んで電力需要の縮小が予想されることなどから、再生可能エネルギーの利用増加があっても、電気料金の上昇がほとんど生じない、と見込んでいる点は興味深い。コストは、80億ドル以上に達するが、料金支払額としては、現在より8%ほど低下すると推計する。我が国でも、発電効率の劣る発電所は多い。また、省エネの余地も、最近の円安による燃料費高騰に伴って大きくなってきている。温暖化対策や再生可能エネルギー拡大策、イコール金喰い虫とのステレオタイプの見方には再考が求められよう。

第二に、しかし、論者としては最も注目することは、便益側でCO2削減の全地球的な利益が正面から算入されていることである。

もちろん、便益計算では、石炭火力発電所の退役・縮小に伴って同国内に生じる様々な環境便益、例えば、硫黄酸化物、窒素酸化物、微細な浮遊粒子状物質(PM2.5)の削減によって米国国民の健康が増進される効果を経済的に評価しているが、今回の規制が生む便益の相当部分は全地球的な温暖化軽減の便益である。将来価値の割引率の見方によって数字は異なるし、州の対策如何によっても削減量が異なろうが、仮に一番小さな数値で言えば、温暖化軽減の便益が2030年時点で93億ドル、公害軽減の便益が約250億ドル、仮に最も大きな数値を引用すると、同年で温暖化軽減便益が920億ドルで公害軽減便益は約600億ドルである。

米国の対策による恩恵は全世界に流出する、各州の対策の利益も同様に世界を潤す。そうした国外流出する恩恵を米国民の支払いでするのか。このような批判が今後必ず生じてこよう。「儲け本位の産業界のキャンペーンだ、料簡が狭い」と言って片付くなら事は簡単だが、地球温暖化問題のように、被害が全世界に及ぶものについては、誰が排出したものであっても、その対策責任は国内的にのみ果たされればよいというわけにはいかない。そうした達観には、やはり人智の洗練・進歩による裏打ちが必要である。また、まずは米国なり、日本なりの先進国が、世界的な責任を担わないことには、中国やインドに対して世界的な責任を問うことは叶うまい。

自治体が国と分担して世界的な責任を担う、すなわち、地球に生かしていただいている地球市民としての自治が、今、具体化を迫られている。紆余曲折があっても、米国は、その実現を果たして、地方自治に新しい地平を拓くのではないか、と論者は思う。経済的な既得権擁護の産業界のキャンペーンやそれに便乗した党派政治的な動きがあるにもかかわらず、米国の世論は、石炭火力発電所の規制強化を支持しているからだ。論者の手元にある米国の世論調査結果(ワシントンポスト紙等が5月末から6月初めに実施)では、発電所CO2規制強化を、民主党有権者で79%、共和党有権者で56%が支持し、全体としてみると、「月々の電気代が20ドル上がってもCO2削減は果たすべき」との問い掛けに63%もの賛同が得られている。米国市民の志の成就、世界への生きた模範の提示を信じる所以である。

(2014年6月30日)