小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第46回 2023年5月8日 再エネ主力化政策の今後を占う

課題だらけの再エネの普及拡大策
水素・アンモニアのグリーン度が不十分
蓄電池普及に足かせ

 政府は、今後の環境・エネルギー政策の方針案に関し、「再生可能エネルギーの導入拡大に向けた関係府省庁連携アクションプラン」(2023年4月4日、再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議)や「水素基本戦略骨子案」(同年4月5日、経産省・資源エネルギー庁。パブコメ中)など、矢継ぎ早に公表している。
 それらについて思うところがある。再エネを主力電源化するために必要な家庭用蓄電池や電気自動車(EV)に貯蔵した電気を送電網へ送る逆潮流を実行できる可能性に扉が開かれたことは評価できるが、逆潮流の実証実験には足かせが多い。また水素やアンモニアといった非化石燃料のグリーン度に大いに疑問が残ることは憂慮を禁じ得ない。
 本論考は、上述の政策方針案を踏まえ、評価できるところ、残念なところなどを整理したものである。言いたかったことは、矢継ぎ早やに打ち出されている方針は、脱炭素の潮流の中で敗者を作らない配慮に満ち溢れた政策であって、すべてに配慮したのでは、結局、世の中は変わらないのではないか、との心配がぬぐえないということである。
 本論考で扱った政策案が最近の再エネ主力化政策の全部ではない。広く脱炭素に向けては、大規模低利の融資やその債務保証でもって民間の取り組みを支えようとするGX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債が発行されること、そして、その償還財源獲得のための小規模な炭素賦課金や排出枠有償販売が中期的な将来に実施されることもエネルギー政策の最近の重要な変更である。この経済インセンティブの構成の仕方についての論者の考えは既に「エコ買いな!?第45回」(「産業経済政策でない地球温暖化防止の法体系の確立を」2023年3月15日)で述べたので、併せて参照いただけると幸いである。また原子力政策の大きな変更(いわゆる「GX脱炭素電源法案」による政策変更)の評価に関しては、当センター鈴木達治郎特任研究員による「原子力政策、優先順位を間違えるな」(3月8日HP掲載)が詳しく論じているので、この論考に譲りたい。

1. 家庭用蓄電池やEVの逆潮流の可能性――実証では課題

 前述の省庁連携アクションプラグラムでは、従前であれば専ら供給体制の整備に力を込めるところであったはずが、今回は、供給側のイノベーションを一丁目一番地に置いてはいるものの、二番地には、送電網の整備とともに上げ下げの需要コントロールをその内容とする調整力の確保を大々的に取り上げていて、進歩が見られる。
 具体的に文言を引用すると、「需給調整市場において、需要家内に設置された蓄電池等の分散型リソース機器が個別に計測・評価される仕組みや、電気自動車や家庭用蓄電池等の低圧小規模リソースが需給調整市場に参加できる仕組みについて、23年度内に各種制度整備を行う」といった新規の方針を示した。論者は、かねてから、配電網が、FIT(固定価格買取制度)の逆潮流は受け入れられて、それよりもっと脱炭素に貢献する「夕方以降の蓄電池からの逆潮は受け入れられないとする技術的な根拠が不明」と批判してきた。ようやく重い腰が上がったのかな、と遅きに失したとはいえ、歓迎したい。
 しかし「蓄電池等を活用した系統混雑緩和の実証を24年度に開始する」といった塩梅に、技術的な課題にことよせて直ちには実施しない伏線を張っているところなど、相変わらずの残念さが見られることは敢えて指摘しておきたい。二つ例を挙げたい。
 例えば、論者が、日本経済研究センターの特任研究員として最近見学させていただいた、九州の電炉製鉄所では、その膨大な電力消費量と、操業がバッチでできることを活かし、九州でしばしば過剰になる再生可能エネルギー起源の電力に対して、上げDR(Demand Response。電力需要の意図的な拡大)によって、その吸い込みに大いに協力していた。しかし、上げDR時の電力のCO2排出係数は九州電力の平均排出係数を適用されている由だった。要請に応じて余剰電力を吸い込んでいるのに、係数には反映させていない。そこに技術的な問題があるにせよ、ささいな問題に過ぎないように思われる。「分散型リソース機器が個別に計測・評価される仕組み」は早急に整備する必要がある。
 二つ目の例は、論者が、22年末に竣工させた、真の意味でのZEH(ゼロエミッション・ハウス)の金山デッキ(茅野市)では、FIT逆潮が許され、8.8kWのPVパネルをフル稼働させるのに、8カ月もの審査期間を経なければならなかったが、このことに見られるように、(制度的な問題があるほか、)過重な技術完全主義が施策の実行局面にまで色濃く陰を落としていると思われたことがある。
 具体的には、近隣の、家庭に発電機器や蓄電器を販売する企業に聞くと、新種の、まだJET認証1を得ていない蓄電装置を置こうとすると、蓄電池からの逆潮が許されていないにも関わらず、先行して地域に設置された他の蓄電システムへの悪影響がないか、実験をするよう要請されたりして(要はこの条件下では実験できない)、技術的懸念を盾にした、再エネ普及にブレーキが踏まれている、という。本当に技術的な懸念があるなら、こうした現場実装に係わる問題の解決に力を入れるべきと強く感じている。
 さて、日本の十八番、いつも一丁目一番地の供給側での取り組みも見てみよう。ここにも評価すべきことはある。供給側の技術に関しては、日本発技術として虎の子の、ペロブスカイト太陽光(PV)パネル、次世代蓄電池を「依怙贔屓」するかのごとくの記述を今回は行っていることは評価すべきであろう。エネルギー政策の方針の別の文脈では、「あらゆる選択肢を残す」などと、余裕のある殿様みたいな鷹揚さ(敢えて悪く言えば、右顧左眄はできても判断ができない凡庸さ)を示していたが、さすがに、虎の子技術の実装でも中国などに後れをとったら大変だ、という本音が見えてきた。前述の低圧分散電源リソースへの取り組みと同じく遅きに失しているとは思うものの、役所の、ようやくの正直さに好感が持てる。

2. 水素・アンモニアの利用、天然ガス活用との比較が不十分?

 水素基本戦略骨子案において提案した、クリーンな水素やアンモニアの定義は、優れて技術的な情報であるが、看過できない問題を含んでいると思う。
 関係する文章を引用すると、「我が国において導入を進める水素等について、国際標準となり得る算定方法に則り、国際的に遜色ない、低炭素化に向けた目標を掲げ、2030年を目途に適合する水素等の導入を推進していく。具体的には、現在の技術レベルに鑑み、1㎏の水素製造におけるWell to Production Gate(原料採掘から水素製造まで)でのCO2排出量の目標を3.4kg-CO2e/kg-H2(水素1kg製造する際に3.4kgのCO2を排出)以下と設定する。また低炭素アンモニアに関しては、1kgのアンモニア製造時におけるGate to GateのCO2排出量が0.84kg-CO2e/kg-NH3以下のものと設定…」するとなっている。
 ここで、これらの数値の意味するところを、化石燃料の中でも環境的には最善の天然ガスをさらに代替して脱炭素を進めるケースに当てはめて、解釈してみよう。3.4kg-CO2e/kg-H2などといった排出係数を熱量(高位発熱量)換算して(MJ当たりで、水素は23.9g、アンモニアは37.3g)2、同熱量の天然ガスのScope3のCO2排出係数(60.5 g-CO2e/MJ3))に比べるのである。すると、天然ガスで6割弱、アンモニアに至っては4割弱、係数が小さいに過ぎないことが分かる。2030年での先進国共通の削減率の(基準年はともかく)おおむね50%があらゆる排出にプロラタ(比例配分)で適用されると単純に仮定し、この50%削減率をレファレンスとして考えてみると、我が国の天然ガス消費をゼロにすることとし、さらに、水素等の生産を海外で行ってもらいSCOPE1及び2での我が国の排出量には反映させないで済むとの仮定を置いても、世界全体としてのCO2は、我が国の水素転換にかかわらず30年目標以上にはほとんど深堀できず、アンモニアではCO2削減率目標を達成できずにかえって増やしてしまう、ということになる。
 そうであれば、邪推かもしれないが、これらの数値は、天然ガスの代替を念頭に置くのではなく、天然ガスの1.5倍程度大きな排出係数の石炭(89.1g-CO2e/MJ4))3を代替する時に意味があればよいとして考えられたのではないだろうかと思えてくる。石炭火力の資本価値を棄損しないように、しばらく時間を稼ぐためのリリーフピッチャーであればいいという発想であったなら、日本の特殊事情に拘泥したご都合主義のクリーン水素の定義と言われても仕方がないのでは、と心配がつのる。
 もう一つ心配なのは、SCOPE3の排出量を、その生産国が抵抗なく自国の排出枠にカウントしてくれるかの制度的な保証がないことである。
 CCS(炭素の回収・貯留)を前提にしたものであれ、水素製造時のCO2が地上貯留されていてもそれが確実に地下埋設されるかは定かでなくリスクが残る。こうしたリスクのある水素か、リスクの少ない水素であるかが区別しやすいよう、水素製造時にどの程度の量の再生可能エネルギーが使われたか(グリーン度)についても、CO2排出係数とは別に、表示することが望ましい。そこを今回の新戦略の骨子案では触れていないのは手抜きではないかと言いたい。
 そもそも2050年の脱炭素のためには、天然ガスすらカーボンニュートラルなものに代替されないといけない。そのことを考えると、水素等のCO2排出係数は今回の骨子案程度の数値では到底不十分で、低い排出係数であるだけでなく、グリーンであればあるほど効果的なのである。もっと言えば、示すべきは、2050年に向けた、水素等の製造・輸送に係るCO2排出係数の低減とグリーン度の向上の計画だったのではないか。

3. 結局、脱炭素モラトリアムになってしまわないか。

 問題点には2つの種類がある。一つは、課題は認識されているが、それにつける薬が必ずしも妥当な処方と言えない、というタイプであり、もう一つは、課題の認識を避けていて、処方が全くない、というタイプである。このタイプの問題は、世間を見るときに使う「眼鏡」、すなわち問題認識や解決のための枠組みが、そもそも歪んでいて現実妥当性がない時に生じる。いわば制度欠陥である。
 こうした歪んだ枠組みとして、経済優先のバイアスを挙げたい。エネルギー政策は3E+S(エネルギーの安定供給、経済性、環境性を確保し、併せて安全を確保)のバランスを取って推進されることになっているが、その考えが、結局、グリーンエネルギーの経済性の確保、それも環境を壊すが安いエネルギーと比較した場合の「費用増加の回避(外部費用の負担回避)」という発想に陥り、制度設計の足かせになっている。結局、今回の制度整備が、その意図とは異なり、関係者すべての利害に配慮する余り、肝心の脱炭素についてはモラトリアムになってしまわないか、と大変心配している。
 具体例をいくつか挙げよう。
 一つは、水素と同熱量の化石燃料との価格差を補填する政策が真面目に検討されていることである(新・水素基本戦略の骨子案の2頁、3-1(b)参照)。論者は、環境負荷の少ない燃料はいくら高くてもよい、と主張する者ではないが、ではしかし、環境負荷の少ない燃料が環境を壊す燃料と同じくらい安くならないと使わない、ということを是認してしまうことはいかがなものだろうか、とは言いたい。環境負荷の少ない燃料を使わなければいけない原因を作ったのは、化石燃料の使用者である。もし、化石燃料を環境負荷の少ない水素等で代替しなければならなくなったとすれば、そのための費用は、化石燃料使用者が負担すべきである。FITの場合も事情は同じであったが、この代替に必要な費用は、電力消費者全体に電力消費量に応じて割り掛けられた。この結果、「再エネに投資できるお金持ちが、そうできない貧困層の人々が払う電気料金で投資のリターンを得ている。不公平が一層進む。」といった批判や抵抗を生んだのである。水素の価格差補填自体が悪いとは言わないが、その原資は何に求めるか定かではないのでは政策の体をなさない。
 FITの経験を踏まえて、政策原資は、化石燃料への賦課金や課徴金、もっと言えば炭素税で賄うのが筋であろう。ちなみに、インセンティブ(価格差補給)とディスインセンティブ(炭素税など)との組み合わせは、ディスインセンティブ単独で政策目標を達成しようとする場合よりも低い税・課徴金率でも同様の効果を生み出せる。それは、両インセンティブの差が大きな機会費用を生み、対策を取らないことと取った場合の利得の差が十分に大きくなるからである。この制度はうまく構成すれば有用であるので、その制度設計を注視する必要がある。
 もう一つの例は、再エネ導入拡大省庁連携アクションプランの「適切な事業規律の確保」(同9頁)に見られる、再エネ開発に伴いがちな副作用や悪意のある事業への牽制の強化である。既に紹介した、拙宅ZEHに設置したPVパネルが長く逆潮できなかった理由も、その設置が適正に行われているかの確認をすることにあった。具体的には、大きな発電パネルを小規模に分割して配電網に低圧で逆潮することにより、大規模な発電設備に課される諸規制を逃れるようなケースを発見し是正する、との考えに出るものである。しかし、国民の善意に8カ月も応えられない、というのでは、慎重行政の副作用・弊害との誹りは免れ得ない。再エネ利用の副作用防止は結構だが、その副作用防止策のそのまた副作用はないようにしてもらいたい。
 同じような例だが、再エネ利用の副作用の一つが高価格による出費増だ、と認識され、今日では、事業用発電設備からの電力購入契約の締結に当たって入札的な価格競争が導入されている。しかし、これ自体が副作用を生んでいる。すなわち、その最低落札価格の計算、契約し、施工後の支払額の確定などに当たって、ウクライナ戦争や円安で急激に進んでいる原材料の高騰、それに伴う工賃の高騰などを反映する仕組みがなく、事業者のリスクを高め、応札を困難にしたり、落札者が赤字を出したりといったケースが生じているのである。こうしたことの解消に向けたきめ細かな取り組みがアクションプランには出てこない。
 論者は前述のZEHの建築に伴って、現行の家庭向け再エネ振興策が良好なパフォーマンスとなるような設計にまだまだなっていないことをいろいろと気づかされた。それらは別論考4で指摘させていただいたが、アクションプランでは触れられていない。
 再エネ主力政策には、取り上げるべき課題がまだまだあり、発想の転換を含め改良すべき点もたくさんある、と言わざるを得ない。担当行政官の奮起を期待したい。

本稿の問い合わせは、公益社団法人 日本経済研究センター研究本部(TEL:03-6256-7730)まで


  1. 電気用品安全法を補完し、電気製品のより安心安全のための第三者認証制度。Sマーク付き電気製品は第三者認証機関(一般財団法人・電気安全環境研究所)によって製品試験及び工場の品質管理の調査が行われている証(同研究所のHPより)。
  2. 日本ガス協会HP
  3. 脚注2と同じ
  4. 住宅の脱炭素化への国の支援策は間違いだらけ(朝日新聞のWebRonza 2022年5月9日)