小林光コラム-小林光のエコ買いな?

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第16回 2013年7月30日 実需が高まるアジアの低炭素都市づくり

 良い環境を求める大きな需要が存在するのは、なんと言っても都市であろう。

 先冬からこの夏に至るまでの北京のスモッグ、これに対する北京市民、政府の反応を見聞きするにつれ、本格的な都市環境改造に取り組むことが、アジアでも必要になった、との感を深くした。

 こうした中、7月24、25日の両日、低炭素アジア研究ネットワーク(LoCARNet)の第二回会合が横浜市で開かれ、筆者も参加した。日本を本拠地として、国際的な環境政策研究を展開する地球環境戦略研究機関(IGES)がホスト役となった国際会議で、初回は昨年10月半ばにバンコクで開いた。低炭素で発展していく知識のプラットホームとなることを目指すアジアの環境研究者のネットワークが催す会議である。会議は、アジア域内の大学教育の充実などを通じた低炭素化に向けた能力増強、気温上昇を2℃に留めることを目標とした場合のアジア各国の排出削減可能性の評価など、低炭素社会を達成するための基盤づくりに係わる研究報告や提案も多く披露されたが、関心が高かったのは、アイディアを実装すること、低炭素な都市づくりや低炭素な経済発展のベストプラクティスといったような具体的なことであったように感じた。

需給の両サイドの協力が産む環境力

 筆者にも発表の機会が与えられたのは、低炭素社会づくりのパイオニアとしての都市の役割というセッションであった。マレーシアの新環境都市イスカンダル、インドネシアの緑の都市開発プロジェクト、デリーやアーメダバードでの公共交通改善を始めとしたインドの都市改造の話などが披露された。個別の事例を超えた横断的な取組みとして、ISOの場で進むスマート・シティ、そのインフラを考える場合の要素や手順についての国際規格化の動き、そして有力な民間の研究機関である世界資源研究所(WRI、米ワシントン)が国連機関と一緒に進める、都市のCO2排出量の算定手法統一への動きも紹介された。

 このセッションの議論で筆者は、各発表を位置づける「座標軸」を提供する役割を仰せつかっていた。そこで、都市ならではの低炭素化の機会や原動力の在りかに対して参加者の関心を寄せてもらった。

 都市ならではの削減機会とは、既に本コラムでは紹介したが、CO2の排出量自体が、エネルギー需要量と、これに対し供給されるエネルギー中の炭素量の積で決まることから生まれるものである。CO2排出量を減らすには、この式を踏まえると、3つの方法がある。一つは需要側の省エネ、2つ目は、供給側での再生可能エネルギー利用などの低炭素化であって、ここまでは当たり前である。3番目のソリュ―ションは、これら2つの項目を同時に組み合わせて行うという需要側と供給側の協力がある。

 この協力が成立すると、それぞれが一方的に削減努力を負う場合に比べ、同じ削減率なら費用は安く、費用を同じだけ費やすなら削減率は大きくすることができる。つまり相乗効果が発生する。

 都市では、例えば、工場やごみ焼却場の未利用排熱があり、他方で病院やホテルといった旺盛な熱需要もあろう。あるいは通勤などの乗客を大量公共交通機関に誘導して、これら交通機関の経営を成り立たせることも考えられるなど、需給の協力関係は築きやすい。この点こそが、都市ならではの大きな効果を生む、CO2削減のソリューションと言える。けれども都市ゆえの不利もある。地価や人件費は高く、費用が嵩む上、対策をうつために一時的にでも都市の活動を妨げ、中断することは難しいことである。効果は大きくとも、費用が嵩む。これを突破して進むには、政策が必要である。

 筆者は、費用は嵩むが効果は大きい都市環境対策の進め方に関し、いくつかの提案をした。例えば、①多様なステークホルダー(利害関係者)を積極的に巻き込むこと(いわゆるマルチ・エージェント)、②ステークホルダーがそれぞれに価値を見出す様々な利益の同時的、高次の達成を目指すこと(コ・ベネフィット)、③これらを通じて都市が改善され、一層の都市改善の基礎となり、モチベーションともなるウィン・ウィンの共進化過程に弾みをつけること(コ・エボリューション)――といったことである。日本での最近の政策の具体的な進展も報告した。CO2排出量に応じて課税額が増える一方、その税収は省エネや自然エネルギー利用の支援に投じる地球温暖化対策税制(2012年6月22日付本欄)、自治体の手による温暖化対策実行計画づくりとその施行、街区レベルできめ細かく環境改善事業を支援する低炭素都市づくりを進める法律の制定と実施、そして省庁横断的に集中的な政策投入することでモデル的な都市を作る「環境未来都市」などである。

 紹介してみると、温暖化対策分野での我が国の都市環境政策ツールはそれなりに整備されてきたと言えよう。しかし、まだまだ血が躍るような旗印には欠けていた。

「途上国・都市」、丸ごと改造を狙う石原イニシアチブ

 この低炭素アジア研究ネットワーク会合では、皆のやる気が引き出せるよう、筆者は、最後に、石原伸晃環境相が2013年5月17日に提唱した構想を披露し、議論の種に供した。 この構想は、正式には低炭素技術の国際展開に向けた資金支援方策というもの。副題を「途上国の一足飛び型発展の実現に向けて」としており、先進国の轍を踏まず、途上国において最先端の環境都市を実現しようとするものである。

 京都議定書において利用されてきた従来のクリーン開発メカニズム(CDM)は、例えば、途上国の工場のエネルギー効率改善といったプロジェクトベースであり、支援(先進国の参加など)の実施の有無に応じた「追加的なCO2削減量」を認定して、この部分(CDMクレジット)だけを国際的なファイナンスの対象とするものである。先進国の支援によってどれだけ追加的に削減できるかというバウンダリーは明確ではあるが、支援の対象や規模は限られ、通常のビジネスでできることと追加的な環境対策として認められることとの切り分けも相当に緻密になっている。しかし都市改造には、既に指摘したように相乗効果が働き、緻密な切り分けは難しい。参加主体ごとに削減量が切り分けられるようなものだけに政策的な手当てが限られるとCDMのケースのように単純、小粒なものに対してしか陽が当たらないことにもなりかねない。

 こうした経験も活かしつつ、これからは一層広い範囲の都市改造全体を取り上げて削減量を計算し、その全体を環境目的の支援の対象にしてはどうだろうか(図参照)。場合によっては並行して民間ベースの採算性がある都市改造事業も組み入れ、相乗効果も狙っていこう、というのが、このイニシアチブの肝の考えである。

図


日本が主導、アジアの環境都市実現

既にこの欄でも紹介したように、ベトナム、ホーチミン市の衛星都市では、東急電鉄がリードする交通・街区開発一体推進型(TOD)のまちづくりが進んでいる(2013年3月4日本欄)。中国では、有名な天津エコシティーの建設が進んでいる。今回の会合での都市に関するセッションでは、シンガポールの対岸、マレーシアのイスカンダルで始まったエコ都市づくりが克明に紹介された。イスカンダルは、シンガポールの目と鼻の先、海峡を越えた通勤も十分に可能であって、マレーシアの国民だけでなく、シンガポールの人々のベッドタウンともなっており、成長著しい。

マレーシアでは、経済上の成果当たりのCO2排出量を2020年にはかつての4割減にするとの目標を自主的に課して努力が続けられている。イスカンダルは、先進モデルケースであり、ここでは、12の具体的なアクションプランを収めた低炭素社会づくりの青写真が予め描かれており、これに沿って、開発が全体として整合的に進められている。

具体的な青写真づくりには、地元のステークホルダーが広範に参加したことはもとより、日本の国際協力機構(JICA)や科学技術振興機構(JST)、京都大学や岡山大学も参加している。さらに地域づくりの具体的なプロジェクトには、三井不動産がリーダーシップを発揮しているものも多い。

今後は、石原イニシアチブが一つの問題提起となって、その題目にもあった、低炭素技術の実装を支える資金方策が開発されていくことを強く期待したい。折角、イスカンダルのような良い現場があるので、このような例で先進国の官民の資金がどのように集められ、国際的に移転され、活かされるべきなのか、この点にも知恵を絞ることが日本には望まれる。幸い、このセッションで紹介のあったスマート・シティを支えるインフラに関するISO規格は、日本人(日立製作所の市川芳明・地球環境戦略室主管技師長)が座長となって検討が進められている。

地球温暖化対策の強化に対しては、公式意見としてはことごとく消極的だった経団連が、安倍首相が、石原イニシアチブを含めて「攻めの温暖化対策」を標榜していることに関しては、支持する姿勢を明らかにしている。地球温暖化対策がグローバルな商機となっている現状に、重い腰を上げざるを得なくなったのかとも思う。前向きな方針は大いに歓迎したい。都市丸ごと環境性能アップのための知恵づくりこそ、満を持して取り組む日本のいよいよ出番、腕の見せ所ではないだろうか。

(2013年7月30日)