小林光コラム-小林光のエコ買いな?

公益財団法人日本経済研究センターのサイトに連載中のコラム「小林光のエコ買いな?」を、許可を得て転載しています。
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第26回 2014年6月4日 育て“CSV”ビジネス

 環境との絡みで述べれば、世の中には儲けの方法が二つある。一つは、環境を壊す方法、そしてもう一つは、反対に、環境に手入れをし、守ることによって儲けを出す方法である。環境はあまねく生物や人々に恵みを与えてくれているが、無主物であるので、その恵みを無償で独占的に使うこともできる。皆の恵みが横取りされて環境が壊され、その代わりに特定の人や企業に儲けのお金が集まる。今度はそのお金をまた別の環境を使い尽くすことに使う。しばらくは、環境を壊してお金に変えることを通じ、経済は大きくなる。最後には、お金に変える環境や資源はもはやなくなり、お札の山が残る。しかし長続きのするビジネスモデルではない。

 このような経済は卒業し、環境を永く使い続けられるようにこそ資本や技術を使い、環境が生み出す、いわば利子分を賢く使うことによって永続的な儲けを狙う、そうした経済への移行を果たさないとならない。太陽光発電、バイオマス発電、各種の省エネ、リサイクルビジネスなどがそうした経済を支える商売の典型例である。資源の乱費や廃棄物の捨て過ぎで経済は壊れるかもしれないが、逆に、化石燃料やバージン資源を使わないことになっても経済が滅びることはない。太陽エネルギーや植物エネルギーを人間活動のモーターにすればよいのであって、単に、生産要素間の相対価格が変わるだけのことであり、環境を手入れしないで使って得たバブルのような儲けがなくなるだけのことである。

 そう言えば簡単だが、環境を壊して得るバブルな儲けは、短い期間で大きなお金になる。一度味わえば手放せない麻薬のような魔力がある。本来あるべき経済に移行するのが当然だとしても、悪貨を駆逐するのは容易ではない。良貨が育つように意識して取り組まないとならない。

 本欄の今回では、論者が最近芽出しに携わっている、環境をよくすることによって稼ぎを生み出すビジネスの例をいくつか紹介したい。その立ち上げには、企業の垣根を越えた協働が必須である。関心を持たれた読者は、アイデアの具体化に遠慮なく参画してもらいたいものである。

環境経営道場から生まれた三つの知恵

 エコッツェリアとは、新丸ビルの10階にある場の名前である。運営主体は、一般社団法人の大丸有環境共生型まちづくり推進協議会であって、大家さんである三菱地所の絶大な支援と、この協議会に参加する数多くの企業の努力によって様々な活動が、それこそ朝から晩まで行われている。その一環として論者は、環境経営サロンという、およそ月1回の会合において、「道場主」の役割を仰せつかっている。普通に言えばコンメンテーターで、厳しく竹刀を振るわけではない。会合では、1回だいたい2社の環境経営事例が、その会社の責任者から紹介される。皆で、その立ち上げの苦労を追体験したり、成功の秘訣を学んだり、将来の進路に関して知恵を出し合ったりしている。

 この道場は既に3年続いているが、その1年目の成果は、昨年1月に『環境でこそ儲ける』と題して上梓された(本コラム2013年3月21日2013年4月25日で一部を紹介)。各社のうんちく話がどっさりと詰まっているが、そこはやはり読んでいただかないと面白くないからここでは紹介しない。

 ここでは、そうした各社の取組みに共通した仕掛けや発想を、ちょっと抽象的でつまらなくなるけれども紹介しよう。それは、図のとおりで、多くの場面で役に立ちそうな秘訣はどうも3つはありそうであった。

図


順不同であるが、まずは、正面の製品なりサービスの環境性能の向上である。このことは当然必須ではある。しかし、それだけではお客様はお金を払ってくれるとは限らない。そこで、エコに付随する他の価値も積極的に掘り起し、一緒に訴求した上で、その複数価値全体でのお値ごろ感を作っていくことがコツとなる。

さらに、お客様の支払対象は、製品・サービスそのもの有する価値だけとも限らない。積極的にお客様の共感、賛同を得られるような仕掛けを製品等の外に設けることがアピーリングである。例えば、その製品を作るのに汗を流した人の紹介、改良の苦労話、製品を使っている人の満足コメント、さらに言えば、製品を購入すると、過疎地で福祉が進む仕掛けといった「おまけ」を付けることもあろう。こうしたストーリーを語ることによって、お客様がバリュー・チェーンに参加できる仕組みを作ることも往々に有効であった。

3つ目は、このバリュー・チェーンに参加するステイクホルダーが、相互支持的に満足度を高め合う仕掛けである。典型的な例は、沿線価値が高まることで(環境低負荷の)鉄道事業が成り立ち、そのことがまた沿線価値を高めていくTOD(Transit Oriented Development)のようなケースである。環境分野ではないが、高いけれど十分においしいラーメン屋さんが増えてきたのも、ラーメン作りの技量の向上だけのせいではない。お客様の舌が肥えてきたことの結果であり、それがラーメン屋さんの切磋琢磨を可能にしている。相互報酬による生き残り確率の向上は、生物の世界にはよく見られる戦略であるので、これに着想を得て、共進化、と名付けた。

このように横展開可能な形で智慧を一般化してみると、道場参加者は、これが、ハーバード・ビジネススクールのポーター教授が提唱しているCSVの環境版、それも多少なりとも深みの増した日本版であることに自ずと気づかされることになった。CSVとは、Creating Shared Value、すなわち、公益の実現の機会に合わせて企業益も共に実現していくというもので、そうした方が、企業の長期的な利益を確保するのに有利だ、という考え方である。私益が公益とは相反するものでなく「社会が困っている問題の中でこそ企業ならではの役割を果たせる」という考え、と言える。

もともと、お客様、売り手、世間の三方がよい、ということが商売の要諦であると言ったのは、江戸時代の商人であった。こうした利他、自利の考えの本家は日本であって、それが近年では、お客様とサプライヤーに加え、経済、世間・社会、そして地球環境の五方よし、の実現が求められるように発展してきたわけである。

道場では、成功体験の見える化、個社の経験の応用可能な智慧への転換をしてきてはいるが、3年も経つと、追体験だけでは満足できなくなる。米国に説教されるのではなく、本家・日本こその智慧と経験を活かして内発的に、やってみようじゃないかの声が高まってきた。

創発の場の誕生、産学が協働で6プロジェクト

折から、エコッツェリアの大家である三菱地所は、東京会館などが入っている由緒あるビルである富士ビルの改築に迫られた。大丸有地区(大手町、丸の内、有楽町)は、各ブロックを順繰りに建て替えていくことで街区全体を更新していく手法で知られているが、富士ビルが立地するブロックもその対象となっていた。このビルのテナントは解体に備え、順次、外に出ていかなければならないが、そうした中、同ビル内で空いたスペースを解体のぎりぎりまで活用することができるのではないかというアイデアも浮上し、3×3ラボという場を時限的に、解体前のこのビル内に設ける案が浮上した。

3×3とは、リデュース・リユース・リサイクルの3つのRと、ここが、家、所属企業とは離れた第三の場所という意味の3rd placeの、それぞれの3を掛け合わせよう、という意味と聞く。壊される運命のビルのスペースを新しい文脈で再生利用し、企業の壁を越えた出会いを、そして仕事を生み出す場にしよう、という趣旨がこのネーミングに込められているように思う。本家のエコッツェリアに比べると、運営が参加者の一層の自主性に任されることが、両者の違いと言えよう。このため、面積も思い切って広くなっている。

図


環境経営を既存事例から学ぶ取り組みはエコッツェリアで引き続き行うこととして、それに加え、環境経営道場主の論者や、その所属する慶應SFC(湘南藤沢)キャンパスに対しては、この新たな場所の特性を活かし、複数企業の協働による新環境ビジネスの創成実験をしないか、との依頼がエコッツェリアからあった。前述したCSVのビジネス化の気運に沿った自然の成り行き、発展とも言えよう。

そこで、エコッツェリア事務局とも相談しつつ、次のような分野を取り上げ、新たな企業協働を働き掛けることとした。①身近な情報デバイスを活用した中心街区勤務者等のための防災情報提供システムの開発と運用の事業、②2030年頃のアジア標準を頭に置いた次世代のエコハウスの開発とその普及の事業、③環境性能の高い賃貸住宅を差別化する広告システムの開発事業、④節水デバイスを都市の建物に集中導入することを通じ、都市全体の水需給システムを合理的な軽装備で済むものにする事業、⑤都市の中心街区に生態系を呼び戻す事業、⑥都市の企業で活躍した人材のリタイア後での若者との協働を可能にする事業――以上の当面6つである。

ちなみに、①は、若き地震、防災学者の大木聖子准教授、②は、建築の池田靖史教授と理工学部の伊香賀、西の両教授、③及び④が論者(小林)の、それぞれ担当であり、⑤は、論者と一ノ瀬友博教授、⑥は、大西隆特任教授(日本学術会議会長)と中島直人教授が取り組む計画のテーマである。それぞれの事業でどんな協働が創発されるかはこれからの話であるため、その報告には別の機会をたっぷり充てることとして、それぞれの事業化に向けた取り組みの出発の狙いをごく簡単に紹介しておこう。

①都市就業者が参加した防災情報システム

災害は大規模な環境破壊であり、災害には人災的側面がどうしてもある。その被害を極小化していくことは人が担うべき仕事であって、大きな公益がある。ところで、中心街区での実際の防災は、あらかじめ周到に準備された計画があるだけでは十分ではなく、当たり前であるが、就労者やそこに買い物等の用事で滞在する市民の側の適切な行動があって初めて果たされる。そこで、この取り組みでは、万が一の災害に備え、日ごろから就労者などに利用されるウェッブ・プラットホームを作成する。東日本大震災の3周年に合わせて、既に、「marunouchi もしもいつも Navi」が立ち上げられた。平時には通勤途上の沿線の風景の投稿、受発信の舞台となっていつも使われることにより、もしもの災害時にも役立つ情報を受発信できるプラットホームになることを目指したものである。この取り組みは、ウェザーニュース社とのコラボレーションである。切迫する、もしもの時に備え、今後はその改良と積極的な参加者の拡大、すなわち、本格的な事業化を目指している。

②次世代エコハウス(ゼロエネルギー住宅、ZEH)の開発・普及

この取り組みは、住宅を通じた環境保全を目指すもので、20社以上の多数の企業の参加・協働で進められている。2014年2月には、東京ビッグサイトのエネマネ2014展に併催する行事として、資源エネルギー庁などの予算も得て5つの大学が、実物の次世代エコハウスを製作して、短期間の性能実験などを行った。このことは既に、本欄でも報告したが、その取り組みがさらに発展させられていくことになった。慶應の提案したこのエコハウスは、設計に改良が加えられて、湘南藤沢キャンパスの拡張予定地に移築され(既に着工済み)、主に機器の制御や高度な連携に関する参加企業が提案する様々な実験が1年以上を通じて行われることとなっている。その過程では、一般の方々が被験者となって、住み心地がモニターされたりすることも計画されているほか、性能の高いエコハウスをどのように国内外に普及していくかの事業化の検討も行われることとなっている。

③エコ賃貸の広告

これも、本欄で既に取り上げた環境上の課題に関連したCSV事業の構想である。賃貸住宅は、ストックベースで見ると住宅の約4割を占めるなど大きな位置を占めている。一方で、高い環境性能を得るための投資を大家が行っても価格勝負の賃貸市場では回収が困難なため、環境性能を高めるインセンティブを欠いたままになっている。賃貸住宅からの環境負荷の低減には公益があることはもとより、住み手にとっても、光熱水費削減、健康維持、防災といった観点で利益があるはずである。そうした利益の見える化が行われれば、市場における選択が現在よりは公私ともに有益なものとなろう。既に英国などでは、先進的な取り組みが行われているが、こうしたことにも倣い、我が国でも住宅の環境性能の広告の在り方を決めていく必要がある。論者は、各所で参加を呼び掛ける講演などを行っており、近々、全国賃貸住宅新聞社やKENコーポレーションなどの参加を得て、勉強会が始まる運びである。

④節水都市づくり

本欄では、ベトナムのホテルへの節水デバイス(トイレやシャワー)の投入の試みを紹介している。この試みでは、ホテルには水道使用量の削減とこれに伴った各種費用の削減メリットを生じさせ、他方では、CO2削減クレジットを日本などの先進国に売却するという形で事業化できないか、検討が進んでいる。3×3ラボの場では、この発想をさらに拡張し、都市丸ごとの節水が検討される。すなわち、都市内の多くの施設の節水を進めることにより、例えば、都市の上水供給インフラ、さらには、下水輸送・処理のインフラをミニマイズする。行政コストを引き下げたり、貴重な水資源を貧困層を含めて有効に分配したり、水資源を保全したりできないか、検討される。TOTO、NTT経営研究所といったアジア節水会議参加者が中心となり、さらに、三菱地所設計、三菱マテリアルなども参加して研究会が始まった。

⑤中心街区での生態系再生と過疎地の活性化の結合

人口老齢化に伴い、過疎地からの撤退が進み、里山の生態系は、かつては豊かであった二次的自然としての価値を失いつつある。大都市の中心街区では、床面積の増加、土地の高度利用が進んで、自然の要素をどんどんと失っている。この二つの問題を同時に解決できないか、というのがここでの課題である。既に、いくつかの企業やNPOが、例えば、プレゼント・ツリーといった取り組みで、都会の善意と地域資源の持つ付加価値の交換が、里山でその地域に応じた郷土種が増えていく形で表現されるといった事業を行っている。これは、代償行為(ミッティゲーション)、あるいは証書取引であるが、もっと即効的なものはないのだろうか。丸ビルといった中心街区のビルへ福島やむつ小川原といった遠隔地の風力発電電力を託送して使う生グリーン電力の使用という取り組みに倣えば、里山の草花樹木をある程度小さいうちに、そっくりそのままに都会に持ってきて、一定期間そこで養生し、サイズが大きくなりすぎたら、里山の自然の中に戻し、代わりにまた幼木を都会が預かる、といった循環型のビジネスはできないだろうか。こうすれば、都会には、単なる造園用の緑被ではなく、質の高い生態系が生まれることになる。里山集落も持続的に商売ができよう。あくまで一案であって、慶應の國領二郎教授らが発掘した、まだアイデア段階のものである。環境ビジネスの支援や立ち上げを手掛ける㈱環境ビジネスエージェンシーを中心的なメンバーとして、中心街区での自然の復活に心を寄せる不動産業などの参加を得て検討を行う段取りが進められている。

⑥老若が生活を共にし、学ぶまち

高齢化が進むと世の中には元気な老人が輩出することになる。またそうなって欲しいものである。では、老人が元気を維持して、どのような社会的役割を果たすのだろうか。その一つの見本が、北欧や米国の一部で見られる大学と併設する高齢者居住街区である。高齢者は、大学で学び直すこともできるし、教師役を担って若い学生に自分の体験、ノウハウをじっくりと伝えることもできる。大学や大学院での教育内容は一層現実社会とのかかわりを増し、他方で、高齢者の生きがいは高まる。このような高品質なまちを生み出すことが、ここでの課題である。慶應湘南藤沢キャンパスの周りは現在、市街化調整区域であるが、都市計画の構想上は、健康と文化の森、という位置づけで、「健康が維持増進されるとともに学問文化が栄える」、そうした地区として将来像が描かれている。慶應湘南キャンパスの門前には相鉄線が延伸してきて駅を作る動きが現実的になってきて、この地区も市街化区域となって用途地区などの都市計画が定められる機運となった。そこで、湘南藤沢キャンパスの周りでこそ、高齢化問題を逆手に取った新たな環境を創出できないか、という課題が生じたのであった。この課題にも3×3ラボの機能を活かすべく、今、段取りが整えられつつある。

多様性あるCSVへの挑戦、育む豊かな発想

3×3ラボでは、なにも慶應義塾だけが活動しているわけではない。慶應の活動は、むしろそのほんの一角を占めるに過ぎない。様々な大学や企業がそれぞれに音頭を取って、単独企業の壁を越えた新しい発想の取り組みが行われ始めている。そうした取り組みの様子もいつか紹介したいが、いずれにせよ、新しいビジネス発想を生み出せる場であるか否かが、都市の競争力を決める大きな要因になるのである。都市は単なる集合、集積ではなく、協働の場である。このことはいくら強調しても強調し過ぎることはなかろう。生態系では、数十億年の進化の結果、生物種は多様になり、弱肉強食の戦いを繰り広げたり、あるいは固有のニッチに互いに孤立して暮らして分業したりしていることにとどまらない。多様性を基礎にして進化の過程で洗練されていった協働により、例えば、系の安定性、強靭性、共進化による発展といった一層高次の価値を生んでいる。人間社会もこうした生態系の進化の結果の智慧を学ばないとならない。

そうした中、都市ゆえの高次価値の達成力が鍛えられるのは、人類がまさに直面している文明史的難問への挑戦である。もうすぐ迎える人類90億人時代をどう平和で幸せなものとするのか、そこに商売が貢献し、地球環境の「善い一部」に人類がなれる経済へと転換することを切に願う。

(2014年6月4日)